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眠れる竜の寓話  作者: みえさん。
第四章 韜晦
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 彼女にシェンリィスのことを尋ねると彼女は少し戸惑った様子を見せたが、レシエが元婚約者であると話をすれば、驚いたようにしながらも、話は聞いていると気遣うような表情を浮かべた。

 会いたいのであれば来て下さい、と言った彼女の言葉に少し躊躇ったが、レシエは彼女に従った。通常ならレシエが入ることも出来ない城の奥の方に彼女は迷いもせずに進んでいく。恐らく身分の高いだろう女官達も彼女の姿を見ると頭を下げて道を譲った。

「……シェンリィス様は少し休まれています」

 廊下を歩きながらノアは言う。

「では、怪我を負ったというのは」

「本当です。ただ、倒れられたのは怪我が原因ではありません。……あの方は時々身体の調子を崩されるんです」

「シェンリィスは弱い竜ではありませんでした」

「はい、ですが、少し、働き過ぎのようです」

 働き過ぎと言われてレシエは少し笑った。

 それならば彼らしい気がする。

「レシエさんはシェンリィス様が心配なのですね」

「あ、呼び捨てて構いません。貴方の方が身分も高いはずです」

 ふふ、と彼女は声を立てて笑う。

「私のこれは癖のようなものです。……ですが、そうですね、レシエと呼ばせて頂きます。レシエもどうか他の方と同じに思って下さい。私は先刻のあなたの言葉遣いの方が好きですよ」

 柔らかく言われ、レシエは少しホッとする。

「良かった、同じ年頃の人への敬語は慣れなくて……」

「殆どをレミアスの城内で過ごされていたんですものね」

 レシエは少し彼女を睨んだ。

「……貴方にそんなことまでシェンリィスは話したの?」

「え、あ……いえ」

 彼女は慌てたように首を振る。

「ノア、アァクは見つかったかのぅ」

 突然聞こえた声に、今まで黙ってノアに抱きついていた子供がぱっと顔を上げる。

 彼は飛び降りるようにノアの腕から離れると少し不安になる足取りで駆けていく。

「へーか」

「おお、どこへ行っておったのじゃ? 心配しておったのじゃよ」

「あのね、おねえちゃん、さがしにいったの。シェンリィスきっとげんきになる!」

「お姉ちゃん?」

 訝しげに男は首を傾げてアァクを抱き上げる。

 その視線がレシエに注がれた。彼はレシエを見て少し目を細めた。

 睨まれた訳ではないのに目線を向けられただけで全身が粟立った。それは恐怖とは違う畏怖の念。見ただけでその人物が尋常な強さでないことが分かった。

 鋼よりもっと黒く美しい髪を持った男だった。瞳の色は同じように黒い。若いように見えるが、レシエよりずっと年上の竜だった。頑丈そうな身体をしており、アァクを片腕で肩まで上げた。

「なるほどのぅ、婚約者殿を見つけに言っておったか」

「陛下」

 恭しく頭を下げたノアの隣でようやくレシエは膝を折った。

 見ただけで、誰であるか気付くべきだった。

「とんだご無礼を、竜王陛下」

「そう畏まることもあるまい。御主はレシエじゃな? シェンリィスより話は聞いておるよ」

 言いながら彼はレシエの前にしゃがみ込む。

 穏やかな黒い瞳がレシエを見つめていた。

「綺麗にしているとはいえ、土足で歩き回るところじゃよ。戦闘中ならまだしも女性の服は汚すものではなかろう」

「なかろう!」

 アァクは竜王の肩の上ではしゃぐように声を上げた。

 ノアが少し呆れたように息を吐く。

「陛下、口説かないで下さい」

「おや、そう聞こえたかの? わしはわしの妻以外を口説くつもりはないのじゃが」

 くすくすと竜王が笑う。ノアも笑っていた。

「レシエ、どうか立って下さい。そのままでは陛下が話しにくいようですから」

「でも……」

「良いのじゃよ、レシエ。わしは異界育ち故、どうもそう言った習慣には慣れぬのじゃ」

「こちらに居る時間の方が遙かに長いのに、おかしいですね」

 軽口を叩くように言うノアにレシエの方がぎくりとした。

 だが、竜王は当たり前のように笑う。

「そうじゃのう。わしは順応性というのが足りんようじゃのう」

 再び立つように促されて、レシエは戸惑いながらもそれに従った。

 竜王は戦いの末に竜たちの王となる。この谷の中で最も強い竜と言えるだろう。言葉では説明のしようのない本能で彼が強いのを感じる。堂々とした立ち居をしており、常勝王という二つ名で呼ばれるのが良く分かった。

 だが、それにしては気易すぎると思った。

 竜王が異界育ちなのは有名な話だ。竜王選定の戦いが長引き、荒れていた竜の谷に生まれた彼は、生まれた直後に歪みに巻き込まれ異界に飛ばされたと言う。まだ、幼子であった彼は自力では戻ることは出来なかった。星見達は幾度目かの選定を行い彼に竜王の兆しを見つけるとすぐに異界から彼を連れ戻した。そしてほんの一年という時が過ぎ、彼は竜王となった。

 竜王アスカはそう言う王なのだ。

「レシエはシェンリィスを見舞いに来たのじゃろう? あやつも喜ぶじゃろう」

「ですが……私は婚約を破棄される程嫌われています」

「そのようなことはあるまい。御主が城の戦士になったと聞いて怪我をしていないかと青くなっておったよ」

「え……」

「見舞ってやってくれぬかね?」

 優しく言われ、レシエは頷こうとしたがすぐに竜王を睨む。

「陛下はシェンリィスを酷使しすぎではありませんか?」

「ん?」

「度々倒れると聞きました。彼は……私の知るシェンリィス・レミアスは体力のある若い竜です。それが幾度となく倒れるとあれば貴方が過剰なまでに酷使しているとしか思えません」

 無礼を承知で睨み付けるとさすがにノアが青ざめた。

 だが、肝心の竜王は驚いた顔でレシエを見ている。

 やがて彼は口元を押さえる。

 押さえたが間に合わなかったのか彼の口から爆音が漏れた。

「あははははははっ!」

 何がそんなにおかしいのか竜王は腹を抱えて蹲った。アァクはそんな竜王の背中を撫でている。

「どーどー」

「あはは、止めるのじゃ、アァク、笑いが止まらん……!」

「何がそんなにおかしいのですかっ」

 強くレシエが言うとようやく彼は指先で目尻を拭いながら言う。

「すまん、いや、本当にすまん」

 彼は呼吸を整えながらゆっくりと言った。

「先だって別の者に同じ事で責められたのじゃよ。わしも再三シェンリィスには働き過ぎじゃと言っておるのじゃが聞きもせん。殴り倒してでも止めろと言われたくらいじゃ。一度決めたら頑固なのじゃよ、あやつは」

「別の者とは……ノアですか?」

「いや、ノアはむしろシェンリィスと同じで働きすぎじゃよ。……全く、仕事熱心なのはいいが、あまりやられるとわしが気が気ではないよ」

「お言葉ですが陛下、私もシェンリィス様も陛下のものです。必要であれば死ぬように命令して下さっても、死なない程度に酷使して下さっても構わないものです」

『そう言うの好みじゃねぇんだよな……大体死なない程度にって、ワーカーホリックかっつーの』

 呆れた様子で竜王は吐き出したが、何と言ったのかレシエには分からなかった。抑揚のない不思議な言語だった。

 竜王は息を吐いてノアの頭部を軽く叩いた。優しい愛撫のようだった。

「必要ではない、故に休めと言うておるのじゃ」

「私は十分休ませて頂いています」

「そう言ってたあやつが倒れたのじゃよ。……レシエ、あやつを説教してやってくれぬか? わしが言っても奴は聞かんからの」

 竜王は本当に穏やかな顔で笑って見せた。


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