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眠れる竜の寓話  作者: みえさん。
第四章 韜晦
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 コラル城の戦士が集まる舎はコラル城の中心部から少し外れた位置にある。

 レシエたちが使う舎は下級戦士達が集まる場所だったが、下級戦士と言っても各地から集められた精鋭たちばかりだった。

 このうちの何人かは数年後には警護以外の任務に就いているかもしれないと、レシエは気持ちを引きしめる。

「聞いたか両翼の話」

 靴ひもを強く結んで、レシエは顔を向けた。

 自分が話しかけられた訳ではなく、側にいた同じ下級戦士の会話だった。両翼、と言われるのは竜王の‘右の翼シェンリィス’と‘左の翼アグラム’の事だ。目的の人物が話題に上がって興味をそそられた。

「左が自分の部下をかみ殺したって話か?」

「うわ、何だそれ、またやったのか?」

「ああ。この間左の軍が北方から来た人間共を狩りに行っただろ? あの最中に単独行動に出た部下に腹を立てて……つー、話だ」

「何度目だ? よくそれで竜王の戦士が勤まっているな」

「俺が知る限り5か……6だな。まぁ、左は竜王陛下が拾って育てたって言うからな。息子のように可愛いんだろ。陛下には子供がないから」

 七だ、とレシエは心の中で呟く。

 今回の竜が死んだということは、四頭が死亡、二頭が重傷、一頭が行方不明となる。アグラムの軍ではアグラム自身が戦闘不能にした竜がそれだけいるのだ。いくら竜王陛下が息子のように可愛がっているからとはいえ、それだけ殺したとなれば問題になる。だが、アグラムの言い分は確かに正しいのだ。

 隊をまとめるために、勝手な行動を取った者があれば処罰をするべきであり、レシエ自身は噂でしか知らないが、噂を聞く限り、今までの行動も全て頷ける内容だった。実際に気性が荒く一度暴れ出すと止められないような性分だという。だから激昂して殺した可能性は否定出来ないが、噂を聞く限りそれほど愚かには思えなかった。

「で、その話じゃないとするとお前の聞いた話ってのは何なんだ?」

「ああ。竜王陛下の庭で派手なケンカをやらかしたらしい」

 聞かされた男は目を丸くする。

「陛下の庭で? また何で」

 二人の仲があまりよくないという噂はよく聞く。常に啀み合って貶め合うような間柄ではないようだが、ことある事に衝突し、掴みかかるような事もあるのだという。それでも、竜王の庭のような特別な場所でそんな事態になったというのは初めて聞いた。

 レシエはじっと二人の会話に聞き入る。

「はっきりしたことは分からないが、お互いに重傷を負って、暫くの間別の竜が左右を仕切るって言ってたな」

「重傷って、癒えない程の傷なのか?」

 竜の傷は簡単なものならばすぐに塞がる。さすがに身体から切り離されれば繋げるのは難しいが、失血が激しい時と魔力の消耗が激しい時を除けば傷は跡形もなく消えるものだ。よほど壮絶な戦いをしたのだろう。

「傷の上に消耗が激しくて、伏しているって噂だ」

「じゃあ、竜の形でやり合ったってことか?」

「らしいな」

「しかし、それほど強い竜が竜の形になって大喧嘩なら感知出来ても良さそうなのに、俺は何も感じなかったぞ」

「俺もだよ。何でも庭に強い魔法がかかっているとかって話なんだが……」

「とってつけたような話だな。……極秘任務で表に出られないからそう言うことにしてんじゃねぇのか?」

「……お前もそう思うか?」

 確かに男達の言い分は一理あるとレシエは思う。

 出れない理由を公表出来ないなら、公表出来る理由をでっちあげればいいのだ。レシエはどうにも気に入らないが、上に立つ立場の者ならそのくらいのことをしなければ鳴らないこともあるだろう。

 だが、それは憶測に過ぎない。

 実際本当に重傷になっている可能性だって否定はできないのだ。

(……シェンリィスが重傷)

 頭の中で考えて思いの外動揺している自分に気付く。

 彼に復讐しようと思っていた。微かな期待は勿論あったが、目的は彼に自分と同じ気持ちを味わわせることだ。殺したい訳でもなければ、誰かに殺されて‘ざまあみろ’と笑えない。怪我をしただけでもこんなにも動揺するのか、と自分でおかしくなる。

 未練があるのだ。

 だから、彼のことが憎くてたまらない。

「おねえちゃん、どこかいたいの?」

 不意に声が聞こえレシエは驚いた。

 いつの間に来たのか、自分の足元にしゃがみこんで覗き込んでくる子供がいた。

(白い……)

 真っ白い髪をしている。こちらを見つめてくる瞳は黒い。

 性別が分かりにくいが、服装から少年だろうと思った。

「いや……大丈夫よ。……君は戦士見習いの子?」

 それにしては小さいと思う。

 まだ幼霊期の子供だ。ようやく人になり、人の言葉を覚えた程度だろう。この時期の竜は不安定であり、何かあればすぐに竜の姿に戻ってしまうほど人の姿で居ることが難しい。力も弱いため一日の大半を竜の姿で過ごし、母親に守られゆっくり成長していくものだ。だからそんな訳がないのだがついするりと戦士見習いであるのかと問いかけてしまった。

 小さい。

 けれど、少年からは普通ではない気配がした。

 少年はにこりと笑う。

「ちがうよ。ぼくは、ばんり」

「ばんり?」

「そう、たえることがない、えいえん」

 一瞬子供が何を言っているのか分からなかった。ただその大きな瞳に吸い込まれそうな気分になった。

「ぼくは、おねえちゃんのこと、しってるよ。シェンリィスの、およめさんになるはずだったひと」

「シェンリィスを知っているの?」

「うん。アグラムのおともだち。おおきなうんめいを、もっているひと」

「大きな運命? 君は星見?」

「ちがうよ、ぼくは、ばんり」

 先刻と同じことを少年は繰り返す。

「アァク様!」

 不意に女の声が聞こえ、少年は振り返った。

「ノア」

 駆け出そうとしたようだったが、おぼつかない足元のせいで少年は転倒する。転倒と同時にその身体が竜の姿へと変化する。子供の竜としても随分小さい。形からアソニア種に見えたが、それにしては小さすぎるし、驚いた事に彼の身体は真っ白だった。

「……白竜」

 それは非常に珍しい色だった。

 竜としての性しか持たない魔物の類の竜であれば白い竜というのは珍しくはないが、人と竜の両方の性を持つ竜族の中では白い色の竜は非常に珍しい。千年に一匹生まれればいい方と言われるほど数が少ない。色素が薄く白く見えるような竜もいるが、彼の身体は驚くほど白い。

 紛れもなく白竜だった。

「心配しましたよ、アァク様」

 小さな竜は現れた女に飛びつくと同時に人の姿に戻る。

 女が彼を抱き上げ、視線をレシエに向ける。

 黒髪で綺麗な藤色の目をした小柄な女だった。

「すみません、ご迷惑おかけしましたね」

「いや……。白竜なんて珍しいけれど、あなたの子?」

「いえ、この方は私がお預かりしているだけです」

 この方、と言った。

 身分の高い人の子と言うことだろう。コラル城にいるような身分であるのだから、とても高い身分なのが想像出来る。伺うように彼女を見ると彼女は少し困ったように微笑んだ。

「すみません、この方に関してはご容赦を」

「何か事情が?」

「少し身体の弱い方ですので」

 ちゃんと育つまでは公表すべきではないと考えてのことだろうか。

「貴女は……戦士なの?」

「はい。一応は」

「一応?」

 彼女は少年を撫でながら戦士とは見えない顔で微笑む。

「陛下の戦士として集められたうちの一人ではありますが、私には向かないと、陛下にも言われていますので」

「では、陛下の側に?」

「はい。今はそう務めさせて頂いています」

「……ノア殿と言いましたか」

「ノア、とお呼び下さい。見たところ、歳もそう変わりませんので」

「では、ノア、少し伺いたいことがあるのですが……」

 その会話が二人の最初の話となった。

 レシエはこの会話が後々自分の運命と大きく関わるとは思ってもいなかった。


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