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眠れる竜の寓話  作者: みえさん。
第四章 韜晦
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 レミアス領主家の息子と婚約が決まったのは生まれて間もない頃だったという。物心付く頃にはその人と結婚するのだと言われていたため、レシエが違和感を覚えた事はなかった。それが彼女の身分では普通であったからだ。

 初めて出会ったシェンリィスという少年は気の弱そうな子供だった。レシエもまた引っ込み思案であり、初めて会った時はお互いに親の後ろに隠れていた。それでも数回会えばお互いにうち解けていった。

 幼いレシエはまだ恋とは言えない幼い感情でシェンリィスを好きになっていたと思う。

「シェンリィスは‘せんし’になるの?」

 レシエの問いに彼は頷く。

 自分より少し年上の竜はレシエが出会った他の竜たちに比べ優しい性格をしていた。とても竜とは思えないがその優しさが好きだったと思う。

「うん、レミアスの家に生まれたからね。竜王の戦士になるために、コラルに行くんだ」

「りゅうおうのせんし?」

「竜王様の為に戦う戦士だよ」

「コラルにいったら、あえないの?」

「少しの間、訓練生としてコラルにいると思うから、暫くは会えないよ」

「じゃあ、レシエもりゅうおうのせんしになる!」

 言うとシェンリィスは困ったように笑った。

「うーん、ちょっと難しいかな」

「なんで?」

「レシエはまだ小さいし、それに、竜王様から招待を受けるか紹介がないと候補になれないみたいなんだ」

「シェンリィスは?」

「竜王様が良かったらおいでって。……ぼくがレミアスの家にいるの嫌がっているの、知ってるみたい」

「おうちにいるの、いやなの?」

 レシエは彼を見上げた。

 少し寂しそうな顔をして唇に指を押し立てた。

「うん、内緒だよ」

 レシエは時々彼が凄く寂しそうなのを知っている。シェンリィスはレミアス家の本当の子供だ。他の兄弟たちのようにどこからか引き取られた訳ではなく、父親も母親もちゃんと生きている。けれど、時々彼は寂しそうにみえるのだ。

 その理由を、レシエは知らない。

「家が嫌いなわけじゃい。兄弟が疎ましいわけでもない。ただ、ぼくには何かがたりないんだ。ここにいちゃいけないんだって思う」

「なんで?」

「ぼくにも分からない」

「レシエはシェンリィスがいちゃだめだって思わないよ?」

「うん、レシエは優しいね」

 そう言って彼はレシエの頭を撫でた。

「……それでも、ぼくは、駄目なんだ」

 大人になってもその意味は分からない。ただ、その時の彼は暗い顔をしていたのを覚えている。少しだけその時のシェンリィスが怖かったのだ。

 コラルに行ったシェンリィスはあまりレミアスには戻ってこなかった。竜王の戦士候補としてコラルで訓練を積み始めて数年後に、レミアスの技術を学び直す為に一度戻ってきたが、シェンリィスとレシエが会話をする機会は殆どなかった。

 彼は変わったと思った。

 優しさから来る甘さもなくなり強くなったと思う。それでも訓練中ではない普段の彼は優しい表情を見せていた。けれど、レシエのことを故意に避けているように思えた。レシエが近づけば練習を再開してしまい、殆ど言葉を交わせない。練習の無い時に声をかければ疲れているからとすぐに部屋に戻ってしまう。コラルに行く前までの彼はレシエに人一倍優しかっただけに、その変化がレシエには理解出来なかった。彼が再びコラルに戻った後は文を送っても全く返事が戻らなくなった。

 周りに相談してみれば‘レシエが女らしくなってきたから気恥ずかしいのだろう’とレシエを励ますような言葉が返ってきたが、レシエにしてみればシェンリィスの態度は自分を拒絶しているように見えた。

 やがて彼は正式に竜王の私軍に入る事が決まった。

 家の者が竜王の私軍に入るという名誉なことにレミアスの家は騒がしくなった。挨拶をするためにシェンリィスが戻ることになり、更に騒がしくなった。婚約者であるレシエも呼ばれ、盛大なパーティが開かれた。

 竜王の戦士になったというのに、そうとは感じさせないほど彼は穏やかだった。レシエが近づけずにいると、周囲が気を利かせて二人を人のいないテラスの方へと促した。シェンリィスもそれを拒まなかった。

 久しぶりに彼と会話をする機会に恵まれ、レシエは少し緊張をしていた。

 少しは婚約者らしい会話が出来るだろうかという淡い期待もあった。だが、彼は二人きりになると同時に、がらりと態度を変えた。

 手すりに寄りかかり、まるで汚いものでもみるかのような目つきでレシエを見ていた。それはまるで別人のようだった。

「はっきり言うけど、俺は君なんかと結婚なんかするつもりないよ」

 戸惑う彼女に彼は更に続けた。

「婚約なんて父さんが勝手に決めただけだろ? 父さんには逆らえないから婚約者でいたけど、今は違う。竜王の戦士になった俺を父さんは認めているんだよ。だから俺が拒めば婚約は白紙に戻される」

 くすりと彼は笑う。

「考えてみなよ。不釣り合いだろ? 夫は竜王陛下の戦士で、その妻がなんの称号も持たないただの女なんて。戦士は戦士同士結ばれて強きを生む。それが強い力を持った竜の義務だよ? 俺に君じゃ不釣り合いなんだ」

「わ、私の事が………嫌いなの?」

「嫌い?」

 彼は声を立てて楽しそうに笑った。

「自惚れてるね、俺に興味を持たれているとでも思った? ……好きも嫌いも興味ないよ。小さい頃は君でもいいかと思ったけど、今じゃ不釣り合いってはっきり分かるだろ?」

「……っ」

「俺くらいの戦士なら、一人の女に絞る必要もない。ああ、そうだね、婚約者だったし昔なじみだ。そんなに俺との間が大切だったら、愛人にしてやってもいいよ?」

 反射的に手が出た。

 彼の頬を叩きつけると、最低、と言葉を吐き捨てて、レシエは彼の前から去った。

 レシエの知っているシェンリィスとはまるで別人だった。優しくて少し泣き虫で、あんな言葉を平気で吐くような人ではなかった。コラルが彼を変えてしまった。レシエの思い出にある優しいシェンリィスはどこかに行ってしまった。

 悲しみが失望に代わり、憎しみに変わった。

 唐突に彼女は戦士になる決意をした。

 捨てられたのなら並べばいい。興味を持たれるようになればいい。そして彼が興味を抱いたら今度は自分の方から捨ててやればいいと。或いは、自分といることで優しいシェンリィスに戻ってくれるかも知れないと思ったのだ。

 戦士になる訓練は並大抵の事ではない。

 竜は元々強い生き物だが、戦士はさらにそれに磨きを掛ける。今までそれなりの訓練はしてきたものの、戦士になるつもりはなかったために身につけた技術も半端なものだった。まだ成竜ではないが今から目指すとなれば並大抵の努力で出来るものじゃない。

 分かっていたが、決めた以上はやり通すつもりでいた。

 実際レシエには戦士となる資質はあった。レミアスの竜は元々の力は弱いものの戦いに向いている性質をしている。シェンリィスの婚約者としてレミアス城にいたレシエは沢山の戦士を見てきた。だから自身の技術は未熟でも見る目を持っていた。

 血の滲むような努力をし、自分の持っているものを最大限に利用し、レシエは戦士としてコラルに招かれるまでに至った。成竜したての竜がコラルの戦士と言うだけでも大変な快挙であるが、それではまだ足りなかった。竜王の戦士との差は甚だしく、シェンリィスを遠くで見る程度の地位だった。

 レシエがシェンリィスを追ってコラルに下級戦士として上がった頃、彼は竜王の‘右の翼’と呼ばれる程の実力者となっていた。


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