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眠れる竜の寓話  作者: みえさん。
第三章 子竜殺し
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「カリア女史は一体何者なんだ?」

 ミユルナは横を歩くキイスを見上げながら問う。

 セイムの腕の縫合は的確に行われた。痛みから反射的に身を動かそうとするセイムを押さえつけていたミユルナは、彼の感じている痛みが尋常ではないことを知った。ミユルナの知るセイムという男は痛みに強い男だ。多少の傷であれば顔色一つ変えずに淡々と戦う。腕を落とされた状況でも、多少苦しそうにしながらも的確な説明を出来るほどの男だった。だが、一度縫合が始まると彼は叫び声しか上げなかった。カリアは、細い神経を魔法の糸で繋げているのだと説明をした。傷口だけならば魔法で塞ぐことも可能であったが、それでは後遺症が残ってしまうと。再び戦士として戦う為には全ての神経を魔力でつなぎ合わせて元通りに動くようにしなければならないと彼女は言った。

 竜は人とは違って弱い生き物ではない。だが一度切り離されたものを元通りに再生させることは通常であれば出来ない。

 だが彼女はセイムの腕を繋げてしまった。

 彼が途中で気を失ったためにまだ動くのか否かは分からないが、繋いだ後魔法で傷を塞げば彼の腕は何事も無かったかのように肩にくっついていた。彼女は酷く疲れた様子で失血が酷いから安静にするようにと告げると部屋へと戻っていた。消耗が激しかったのだろう。彼女にしては珍しいことだった。

「……あの術はルネールの治癒術の一つらしいな。昔、聞いたことがある」

「秘術か?」

「みてぇだな。俺も見るのは初めてだから何ともいえねぇが、トランタなら詳しいこと知ってるはずだぜ?」

「兄さんが?」

「トランタはカリアが中央に居た頃からの知り合いらしいからな。お前らが定住先にフェリアルトを選んだのもカリアがここにいたからって聞いたが……」

 ミユルナは目を瞬かせる。

「おれは知らない。ここに住むことは親父が死んでから兄さんが決めた事だから」

 兄がコラルを離れて別の場所で暮らそうと言い出した時、ミユルナはまだ幼かった。幼霊期は過ぎていたものの、まだ誰かの庇護無しでは生きられるような年齢ではなかった。コラルに深い思い入れもなかったし、違和感なくフェリアルト行きに頷いた。

 ミユルナ達は滅んだと言われてきたデイギア種の生き残りと言える。故にアスカ王から保護を受けていたが、ミユルナがアスカ王と会った記憶は殆どない。うっすらと黒髪の優しそうな竜と言うことを覚えている程度だ。兄トランタは大人であったためにアスカ王とも会話をしているはずだ。だからフェリアルトを選んだのもアスカ王に勧められたからだと勝手に思っていた。考えてみればアスカ王ならば故郷のアソニアか、デイギア種と近い竜が多いレミアスを勧めても良さそうなものだ。

「カリアはお袋の友達だった。中央から離れる時縁を頼って来たって聞いたが、俺もカリアについて詳しく知ってるわけじゃねぇんだよなぁ」

「確かに親しくしてたな。母君から何か聞いてないのか?」

 キイスは肩を竦める。

「誰よりも信頼出来る相手ってくれぇしか。後はカリアから直接聞いたぐらいのことだな。よりもいるのが当たり前過ぎて疑問にさえ思わなかったんだよ。今更疑問に思うなんて何か情けねぇな」

「おれも兄さんに対しては同じようなものだ」

 キイスもクウルもカリアのことを家族のように思っている。家族であり正常な関係であれば互いに無関心である訳がない。ただ、過去に何をしてきたか、どんな事があったかなんてきっかけが無ければとても聞くような話じゃない。

 今一緒にいることの方が大切であるために自分の知らない数年分を聞こうとはあまり思わないだろう。

 いつでも聞ける。

 だから余計に細かいところを聞かないのかもしれない。

「改めて不思議な人だと思うな。教師やっていただけあって、知識高いのは確かだが……正直実際に縫合まで出来るとは思ってもなかったな」

「おれも同感だ。そもそもここにいたはずなのに、何でセイムと一緒に戻ってきたのかってのも気になる。……カリアは何で外に出たんだ?」

 キイスは首を振る。

「分からねぇな。……ただ、二十年前もそうだった」

「二十年前って……クーが生まれた時か?」

「ああ。お袋が倒れた時、カリアは用事があって出ていたはずなんだ。だが、用をほったらかして戻ってきてクウルを助けた。少しでも遅れればクウルは助からなかったかもしれなかった。……本人は嫌な予感がしたから戻った、と言っていたが」

「カリア女史には星見の才があるのか?」

 いや、と彼は首を振る。

「聞いた覚えはない。大体、星読みなら何でお袋が倒れる前に対処しなかったんだ? 今回のことだって事前にクウルが子竜殺しに遭遇しないように出来たはずだ」

「……確かに。だが、それにしては処置が的確過ぎる。クーの時も、今回も」

 カリアは友人と呼んだキイスとクウルの母親を大切にしていた。クウルのことも大切に思っている。その彼女が行く末を見て知っていたとして、何もしないとはとても出はないが思えない。

 それなら何故、二度も同じように突然外に出るような事をしたのだろうか。

 当人に聞いてみなければ分からないことだな、とミユルナは溜息をついた。

「……それにしても、子竜殺しの犯人が腕の立つ奴となると厄介だな」

「ああ、当人は否定してたってぇ話だが、どっちにしたって俺の弟を襲った上にセイムの腕落とすような戦闘やってんだ。手配しねぇ訳にいかねぇが……」

「正直、普通の連中に捕まえられるとは思えない」

「……だな」

 キイスは息を吐く。

 クウルを守りながらと言う悪条件であったとしても、セイムほどの実力者が腕を落とされているのだ。戦士ではない一般人が束になってかかっても倒すのは難しいだろう。しかもカリアの言葉を信じるのであれば一度は四方将軍にまで上り詰めたということになる。先代のオーガスタス・グラントと言えば地方でも名を聞くほどの実力者だ。圧倒的な強さを誇っていたものの、気質が荒く度々問題を起こし、結局解任されたと聞いた。現在は別の人物がオーガスタス・グラントの名前を名乗っているが、先代に比べると力が劣ると言われている。

 それだけの実力者が何故、と思う。

 何故子供を襲ったのだろう。殺しがしたいだけならばそれだけの実力者であれば大人でも簡単にくびり殺せるだろう。

「カリア女史とセイムの調子が戻り次第、詳しく聞こう。……キイスは少し落ち着いたらでいいからクーに話を聞いてくれ」

「ミユルナはどうする?」

「おれはもう一つの頭の痛い問題を解決してくる」

 キイスは眉間寄った皺を深くさせた。

「あの娘か。……ったく、どうしてこう立て続けに頭の痛ぇ問題ばっか起きるんだよ。つか、お前が行く必要ねぇだろ。忙しいんじゃねぇのか?」

「尋問だっておれの仕事だ。同性の方が聞きやすい事もある。おれは出来ることをするだけだ。この位のことは俺に頼れ」

 言うと少し彼が表情を緩めた。

「……助かる」

「後でお前の部屋に報告に行く。余裕があったら少し休めよ。領主は休むのも仕事のうちだ」

 言うと彼は苦笑する。

「領主代理だっつーの」

「同じだ、ばか」


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