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眠れる竜の寓話  作者: みえさん。
第三章 子竜殺し
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「俺としてはシェンの力になりたいから全部欲しい訳ですよ。いっそ俺のものになってください」

 言いながらクウルは巨大な剣に抱きついた。

 目を瞑って意識を集中させるが、剣からは何の返答も戻ってこない。それどころか、武器を抜いた時のようなものも何も伝わってこない。

 抱きついたまま、クウルは盛大に溜息をついた。

「だめかぁー」

 或いは、抜けるかも知れないともう一度試しに来たが、剣からは何も伝わってこなかった。

 これだけの大きな力を抜いて自分のものに出来れば自分がシェンリィスの運命を変える例外になれるかもしれないと思ったのだ。だが、剣の反応はない。この強い力を引き抜くことはクウルには無理だという事なのだろう。

(に、しても、俺のご先祖様すっげーよな)

 まだ人の歴史が始まって間もない頃に竜王だった人物で、非常に若くして竜王になったと聞く。号は迅雷王、名前はリヒト。フェリアルトの竜の祖となった竜であり、領主家の祖先とされている。

 並はずれた力を持ち、人の国で起きた戦にも度々参戦していたという。魔王や精霊王とも一緒に戦った経験があるのだとカリアが教えてくれた。

 クウルは剣から離れ、地上へと降りた。

 もし、今、魔王や精霊王と親しくなって、昔の誼だと協力を求めたら、こんな馬鹿げた戦いを終わらせてくれるだろうか。

(どうやって会えばいいんだろうな、精霊王とかまおーとか)

 考え込みながらクウルは人混みを歩く。

 まだ朝早かったが、既に町は活気づき始めていた。壊された建物の修復や瓦礫の撤去のために人が集まってきていた。

 あの時の戦闘で出た死者は、ハイノ本人だけだ。壊されたのが建物だけで本当に良かったとクウルは思う。ただ、竜王候補の戦いに巻き込まれて死ぬ竜だっているはずだ。今回はたまたま誰も死ななかったが、怪我人は出てしまったし、戦士ならともかく戦う術を持たない竜もいる。クウルだってそうだ。竜になれない幼い力では巻き込まれればひとたまりもないだろう。

 武器を手にしたところで変わらない、

 どうして自分は子供なのだろう。竜にもなれず、誰も助けることが出来ない。

「………………っ!!」

 突然、何かの気配を感じてクウルは大きく飛び退いた。ぞっとするような鋭い気配は自分に向けられている。

 どこからか、誰かが自分を見ている。

 それが分かるのにどこからの気配か判断が付かない。

 町の人が突然妙な動きをしたクウルを訝しげに見ていったが、クウルには構っている余裕がない。

 斧を出そうとしたその瞬間だった。

 背後に気配を感じる。

「しまっ……」

 声は言葉にならなかった。

 口元を覆われ、強い力で引っ張られた。何をされたのか判断するよりも早く、クウルの身体は壁に押しつけられ、首元に何かが絡みついた。

 息が苦しい。

 咳き込むことも出来ずに、クウルは僅かに目を開く。

 退紅色が見えた。

「よう、ちび、少し話を聞かせてくれねぇか?」

 低く唸るような男の声。

 ようやく男に首を絞められているのだと気付く。軽々と片手で首を掴み、そのまま宙づりになった状態で壁に押しつけられているのだ。

 人のざわめきが遠い。人が滅多な事で入らない狭い路地に連れ込まれたのだろう。薄暗く微かにカビの匂いがした。

 薄暗くて周囲が見えにくい。そのくせ男の目だけがぎらりとしている。片側は三本走る傷で半分潰れてしまっているが、それでも恐ろしいほどの鋭さを含んだ目だった。

 見据えられて、全身が凍り付くかのようだった。

 クウルの見た退紅色は男の髪の色だ。キイスほどではないが、随分と体格のいい男だった。薄暗いせいなのか肌の色が少し違って見えた。

 彼はクウルを掴んだまま口元に笑みを浮かべる。

 目は笑っていなかった。

「……は……な、せ」

「俺の質問に答えたら解放してやるよ。……お前、シェンリィスを知ってるな? お前からあいつの匂いがする」

 名前を出され、クウルはぞくりとした。男の発した言葉に、何かまとわりつくような感情を感じた気がしたのだ。

 そして気付く。

 男からもシェンリィスと同じ匂いがしている事に。

 まさか、と思った。クウルが感じている匂いが竜王候補の匂いだとするならば、この男も間違いなくそうなのだ。

「……王……こう……ほ?」

 ぴくりと男の表情が動く。

 首を締め付ける力が強くなる。

「ぐ……っ……ぁ」

「そうか、俺が何者か、あいつに聞いているんだな? なら話は早ぇ。案内しろよ」

 クウルは答える代わりに思いっきり歯を剥いて見せた。

 苦しい。

 けれど、会わせてはいけないと思う。

 この男だけは、シェンリィスから遠ざけなければいけない。そう強く感じたのだ。

 男は口の端を更に吊り上げた。

「いい度胸だ」

 クウルは男を睨み付ける。

 瞬間、空と地とが逆転した。

 衝撃を覚えると同時にクウルは地面に叩きつけられていた。全身が激しく痛む。衝撃でさらに呼吸が困難になる。

 何とか力を振り絞って起きあがろうとするが、男の膝が胸部を押さえ込んでいた。

 ぴくりとも動かなかった。

 力では敵わない。

 竜になろうがなるまいが男との力の差は甚だしく、そして経験も大きく違う。隙でも付かない限り逃げられることもないだろう。

 その、隙すら見いだせない。

「質問だ、ちび」

 男は至極冷静な声で言う。

「お前の悲鳴を聞けば、あいつはどうする?」

「………」

 来てしまう。

 シェンリィスはまだ活動するのもままならない身体でクウルを助けに来てしまうだろう。

 クウルは唇とぎゅっと噛んだ。

 男が楽しそうに笑った。

「いい顔だ、それでこそだ」

 男の手に小型のナイフのうようなものが現れる。その切っ先がクウルの頬に触れた瞬間頬に痛みが走った。頬を伝って流れ落ちたのは涙ではない。

 男は赤く輝くナイフをクウルに見せつけながら笑う。

「さぁ、希望を言え。目か? 爪か?」

「…………な……せっ」

 大きく身をよじろうとしたが、頭が微かに左右に振れただけだった。

 男は不意に笑みを消した。

 恐ろしい瞳が自分を見下ろしている。

「……暴れるなよ、手元が狂うじゃねぇか」

 子竜殺し。

 不意に思いだし、クウルは自分の血の気が引くのを感じた。こんな風だったのだろうか。殺された幼い竜はこうして角を壊されうち捨てられたのだろうか。

 嫌だ、と思う。

 殺される、と思った。

 死ぬのが怖い。

 けれど、この男にシェンリィスの話をするのはもっと怖い。

「決めねぇなら、俺が決めてやる。……ああ、そうだな、目にしようぜ? 一つくらい無くしたって死にはしねぇんだ」

 男は首を締め上げるのを止め、クウルの瞼を指でこじ開けるように広げる。

 涙がこぼれる。

 恐怖と混乱で全身が震える。

 男はそんなクウルの姿を見て、狂気に満ちた笑みを浮かべた。

「さぁ、いい声で鳴けよ」

「や……」

 眼前にナイフの先が迫る。

 閉じようとしてもこじ開けられた瞳はその切っ先を見る。


  いやだ。


「        っっ!」

 クウルは声にならない悲鳴を上げた。

 胃の底から何かが膨れあがるような感覚があった。

 刹那、クウルの身体が軽くなる。

 男が弾かれたように大きく後方に飛んだのだ。

 突然軽くなった体に戸惑うが、ゆっくりとした動作で解放された身体を起こす。絞められていた喉が痛い。咳き込むと涙がボロボロと流れ落ちた。

 覚悟していたが、男からの攻撃は来ない。

 涙を拭い、呼吸を整えながらクウルは男を見る。

 男の顔には何か恐ろしいものを見たかのような恐怖の色が浮かんでいる。

「……なん……だ、今の……」

 震える声で男は言う。次の瞬間恐怖の表情はみるみる怒りに変わっていった。男は怒気を孕ませた声で叫ぶ。

「何なんだよ……、何なんだ、てめぇはっ!」

「……?」

 近づいてきた男に襟首を捕まれた。

「答えろ、お前は何者だっ!」

 言っている意味が分からない。

 声にしようにも出てくるのは咳ばかりだった。

 クウルは男を睨み付けた。

「坊っ!」

 悲鳴のような叫び声が聞こえた。

 ぱちんと手を会わせて鳴らすような音が聞こえる。

「……ちっ」

 舌打ちをして男がクウルから離れる。離れた所に斬り込んだのはセイムの剣だった。男がクウルを離さずにそのままでいたのなら確実に斬られている場所だった。

 男に手を離され、崩れ落ちたところをセイムに支えられた。

「大丈夫ですか、坊」

「セ……イム」

 ようやく息をして、地に足を着ける。震えていたが、身体は大丈夫だった。それを確認するとセイムはクウルの身体を庇うように後ろに押しのける。

「坊、下がって」

 セイムは男に向かって斬り込んだ。男は小さなナイフで応戦する。狭い路地で多少戦いにくそうだったが、お互いにどんな状況下でも戦えるように訓練していた様子だった。

 最初は不機嫌そうな表情だった男は、次第に楽しそうに笑みを浮かべていく。

「ふん、思ったよりは出来るようだな」

「こういう時の為に鍛えてますからねぇ!」

 男のナイフをセイムの剣が真上に弾き飛ばした。

 セイムは隙を見逃さず彼に斬り込む。

「貴方を、子竜殺しの犯人として捕縛する」

「はぁ? 何だそれは」

 不快そうに眉を顰める。

「残念だが、知らねぇ罪で捕縛される趣味はねぇんだよっ」

 男の足が、セイムの腹部を捉える。

 反射的にセイムが防御をした。

 守の上から浴びせられた攻撃にセイムの身体が少し後方に飛ばされる。

「……っ!」

「おもしれぇ、かかって来いよ相手にしてやる」

 落ちてきたナイフを器用に受け止め彼は笑みを浮かべた。


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