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眠れる竜の寓話  作者: みえさん。
第三章 子竜殺し
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「そうか、御主が‘リト’だったのじゃのう」

 呟かれて幼いシェンリィスは微かに目を開く。

 柔らかいベッドの上で眠っていた。身体が妙に暑い。

 へいか、と声を出したつもりが声にはならなかった。唇を動かすと、男がベッドに腰を降ろし、シェンリィスの額を撫でるように触れる。汗で髪の毛が貼り付いているのが分かった。

「そのままで良い。御主は訓練中に倒れた、覚えておるかのう?」

 微かに頷くと、黒髪の男は少し悲しそうな顔をした。

「ずっと御主は体調不良が続いておった。おそらく、わしと長期共にあることで目覚めの兆候がでておったのじゃろ。まさかこのような幼子が‘リト’であるとは思いも寄らなかった。……すまぬことをした」

 彼は額を触る。

 シェンリィスはぼんやりと光を帯びる大きな手のひらを見た。竜王の紋が見える。正当王の証。

「御主の角が生え替わり、成長するまでの間、わしが封じる」

 だめだ、とシェンリィスは首を振る。

 彼は微笑んだ。

「でなければそなたの身体が持たん。……なに、たかがあと数十年のこと、わし一人でも何とかなる」

 涙がこぼれる。

 この人は宣言した以上本当にこなしてしまう人だ。それだけの強さを持っているのだ。精神も、肉体も。

 強いのが少し悲しかった。

 この人は自分を犠牲にしてしまう。

 だから、少しでも強くなって支えになりたかった。自分が何か自覚をした時、嬉しかった。けれど、倒れてこうして身体もろくに動かせない状況に陥って、この上更に彼に負担を掛けることを知った。

 何故、自分は何も出来ないのだろう。

 こんなにも力になりたいと思うのに。

「リトのいない時代の王は短命に終わる。わしは御主を見つけられ幸運だったのじゃろ。今、谷は安定しておる。歪みもなく、狂いもない。故にまだ御主の出番ではないということじゃ。無理して身体を損なうより養生せい。……無論、調子を取り戻したら訓練再開じゃ。御主はリトである以前にわしの戦士候補なのじゃから」

 大きな手の指先がシェンリィスの涙を拭っていく。

「わしの踏ん張りがきかぬときは遠慮のう御主の力を使う。御主が否と申してもじゃ。良いね?」

「………」

 シェンリィスは頷く。

 無理を通せば逆に彼の負担になる。分かっているから頷いた。

「……れ……は?」

 絞り出すように言うと一瞬彼はきょとんとして、そして微笑んだ。

「御主のことがよほど心配だったのじゃろ。槍雫を探すとアソニアまで出て行ったよ」

 こんな時期に、無茶だ、と唇を動かすと、黒髪の男も頷いてみせる。

「わしもそう言ったのじゃが……あれは一度決めたら聞かぬからのう。まったく、誰に似たのやら……」

 まるで自分の息子のことを話すように彼は優しい顔をしていた。

「そのうち仏頂面で戻ってくるじゃろ。御主はその間休んでいなさい」

「……」

 シェンリィスは頷きながら目を閉じた。



  ※  ※  ※  ※


 ひやりとしたものを感じ、シェンリィスは目を開く。

 ぼんやりとする視界の中に誰かの姿が見える。

「……あ……らむ?」

 呼びかけてから違うことに気付く、輪郭がはっきりしてくると驚いたような灰髪の青年の姿があった。前髪の一部だけが赤く、大柄な男だった。

「あ……キイ…ス、さん?」

「悪い、起こしたな」

「いえ……」

 シェンリィスは首を振る。

 身体が怠いが、眠る前より暑くない。熱も恐らく落ち着いているだろう。微かに汗ばんでいる首元を拭うと、額に置かれた冷たいタオルが落ちた。

 シェンリィスはそれを手に取り半身を起こす。

「まだ寝てろよ」

「大丈夫です、少し動かないと」

「……何か食えそうか?」

「えっと……」

 食事の事を思い出したとたん、空腹を思い出したのだろう。

 盛大な音を立ててシェンリィスのお腹が鳴り響いた。

「あっ……」

 シェンリィスは赤くなる。

 キイスはくすくすと笑いを隠そうとしなかった。

「元気だな」

「すぐ、食事を用意致しますね」

 声を聞いてシェンリィスはカリアもいたことに気付き、さらに赤面した。

 どうにもみっともない所ばかり見せている気がする。

 カリアが立ち去ると、シェンリィスは顔を覆った。眠る前とは別の意味で顔が熱い。

「……大丈夫か?」

「え、あっ……」

 声を間近に聞いて顔が近いことに気付く。覗き込まれて額を寄せてきそうな雰囲気だったが慌ててシェンリィスは手を振った。

「だ、大丈夫です」

「ならいいが……無理はするなよ」

「……はい、ありがとうございます」

 不意に自分のベッドに他の気配が無いことに気付く。

「………あ、あれ? クーは?」

 一緒に寝ていたはずだ。

 けれど少年の姿がどこにもない。

「ん? あ? あいつまたお前の所に来てたのか?」

「はい、昨夜、どうしても一緒がいいって……」

 不意にぞくっと背中が冷えた。

 何か嫌な予感がする。

「……キイスさん、今朝、クーを見かけましたか?」

「いや……まだ起きてないと思ってた」

 キイスの顔から少し血の気が引いた。

 どうやら同じ事を考えているのだろう。

「……出てくる」

「待って下さい、僕も……」

 彼は首を左右に振った。

「いや、お前はここにいてくれ。屋敷の中にいるかもしれねぇ。俺もセイムに言ったらすぐに戻る」



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