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布団に潜り込むと、さすがに気配を感じたのかシェンリィスが動いた。
一瞬クウルに驚いたようだが、身体が怠いらしく緩慢な動作で額の汗を拭った。
「……クー、駄目だよ、入ってきたら」
「俺は一向に構わないんだけどなぁ」
「僕が構うよ……」
「シェンの身体、熱い」
「そうだね、すっごく怠い」
否定せずにシェンリィスは頷く。
どうやら発熱しているようだった。竜は強い生き物だ。その血が強いために人間のいうような病気にはならない。毒で苦しむことはあっても、死に至るようなことはまずなかった。それでも魔法疾患により寝込むことはある。
「カリアに薬貰ってこようか?」
「大丈夫、多分、薬じゃきかない」
彼は小さな声で答えた。
「……水飲む?」
「ん……」
クウルはベッドから這い出し、脇に置いてあった吸い口を手に取る。熱が出て動けなくなることを想定していたのだろうか。恐らくカリアが用意させたものだろう。
吸い口を口元まで運んでやるとシェンリィスは少し水を口に含んだ。
「汗凄いよ。服脱ぐ?」
「それは……駄目」
朦朧としている様子だったが否定され、クウルは頷く。
「じゃあ少し拭く」
やはりベッド脇に用意されていたタオルでクウルはシェンリィスの首元の汗を拭った。彼は少しだけくすぐったそうにしたが、されるがままになっている。
額の汗も拭い髪の毛を少し整えるように手櫛でとかすと、彼は小さく喘ぐような声を上げた。
「……ん……ぁ……」
「シェン?」
彼は瞳に涙を浮かべながら熱のせいで赤い顔をしてクウルを見つめた。
彼はぱくぱくと唇を動かし、ようやく喉の奥から声を出す。
「クー……角……」
「ん?」
「角に、当たってる」
「あ……、ご、ごめん」
クウルは慌てて手を引っ込めた。フェリアルトの竜の角は強く忘れがちになっているが、竜の角は人の姿ではとても弱い部分だ。中でもレミアス種は角が特に弱いと聞いた。竜の状態であればそれなりの強度はあるだろうが、人の姿ではやはり弱いのだ。身体が弱っている時だからなおのこと敏感になっているのだろう。
だから角は本来ごく親しい人しか触れさせないのだ。親しい人でも滅多に触ることはない。
ただ、触らせるのは信頼の証なのだという。
クウルはキイスやカリアに角を触らせたことはあったが、特に何も感じなかった。だが、信頼していない人に触られるのは不快でしかないらしい。
シェンリィスは困ったように眉を顰めていた。
「怒った? いやだった?」
聞くと彼は首を小さく振った。
「違うよ。いきなりだったから驚いただけ」
「嫌じゃなかった?」
「……じゃないよ」
言われクウルは少しほっとする。
角を触られて不快、という状態がどんな状態なのか分からなかったが、少なくともシェンリィスは自分のことを不快に思っていないようだった。
「今度俺の角触る? 俺の角、強いから、いくらでもいいぞ」
言うと彼は少しだけ笑った。
クウルが出来る範囲で汗を拭ってやると、シェンリィスは少しだけ気持ちよさそうにした。
一通り拭き終えるとクウルはシェンリィスの首元に顔を近づけた。
「……クー?」
クウルは呼びかけを無視して首筋の匂いを嗅いだ。洗い流して綺麗にしたが、血の匂いは残っている。それでも奥の方にあるシェンリィスの匂いを嗅ぐと、今までと変わらない彼の匂いがした。
「……匂い」
「うん?」
「変わってないんだね。カリアが魂を食べるっていったから、シェンの匂い変わったのかと思った」
「……変わらない?」
「うん。俺が拾った時のシェンのまんま」
血の匂いが酷すぎてちゃんと分からなかったが、シェンリィスはシェンリィスのままだ。正直、魂を食べるという話を聞いて不安だった。違う人の魂を食べてしまえば彼が彼でなくなってしまうような気がしたのだ。
だが、彼は変わらなかった。
少しほっとした。
「シェン、死ぬなよ」
「……」
「王候補は殺し合うって言ってた。最後の一人になるまで殺し合うって言ってた。俺、シェン死んじゃうの嫌だ」
わがままだと思う。
でも、死なせたくないのは事実だ。
「シェンが知ってる竜を殺すのいやだったら、俺がやる。だから、シェンは死なないで」
「だ、駄目だよ。クーだって、言ったよね? 手出ししちゃ駄目だって……」
「でも、俺、シェンが苦しむのヤダ。会ってそんなに経ってないけど、何かシェンが苦しいと、俺もすっごく苦しいんだ」
「……クー」
「だから、シェンが嫌なら俺がやる」
シェンリィスは首を左右に振った。
「……気持ちだけでいいよ。ありがとう」
「……」
「そんな顔しないで。僕も、クーがそう言う顔すると、苦しい」
手を握りしめられ、クウルは泣きそうになった。
何も出来ない。
非力な子供では竜王候補を倒すどころか、攻撃する事も出来ないだろう。
この人の役に立ちたい。
そう思うのに、出来ない。
「……シェン、一緒に寝ていい?」
「クーそれは……」
「いやだったら俺ずっと起きてる。……今日は、絶対一緒にいたい」
言われ、シェンリィスは少し呆れたように息を吐く。
呆れてはいたものの、その唇には微笑が浮かんでる。
わがままを許してくれる優しい顔。
「しょうがないな……」
おいで、と言われてクウルは彼の布団に潜り込んだ。
彼は優しくクウルの身体を抱きしめる。
少し暑いけれど、居心地がいい。シェンリィスの優しい匂いがした。