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トランタの店は街の広場を見渡せる位置にある。
そこから外の様子を見ながらキイスは少し息を吐いた。
「疲れてるようだね、領主様」
親友に言われ、キイスは少しむっとした顔をする。
いつもは名前で呼ぶ癖に、呼ばれるのが嫌いだと分かっている呼び名で呼ぶあたり、なんの嫌がらせかと思う。
左右の瞳の色が違い、白緑色の髪を持つトランタはキイスにとって良き友人だった。親子ほど歳が離れているものの、お互いに信頼し、相談し合う関係にある。百年を超える付き合いの為、お互いのことは良く知り合っているのだ。
「からかうなよ。言っておくが俺はまだ領主なんかじゃねぇよ」
「だが城主殿は眠られたままなのだろう? 今じゃもう人の形にすらなれないとか」
「それでも領主はオヤジだよ」
領主になりたくない訳ではない。
ただ、認めてしまえば父親の死を早めてしまう気がしているのだ。口には出さなかったが、トランタは分かっているのだろう。
小さく笑って彼の前に箱を差し出す。
「修復終わったよ、キイス」
「ああ、悪いな」
差し出された箱を受け取りキイスは笑う。
トランタは修復の仕事をしている。物理的な修復も勿論行うが、彼が主にするのは魔力による修復作業だ。彼のような職業が稀なのは純粋に才能のある人間が少ないからだ。その中でも稀な才能の主であるトランタは、本来ならばフェリアルトの領地ではなく王都コラルにいるべきだろうと思う。
前に一度口に出したら酷く怒られたのを覚えている。
地位や名誉の為に修復師をしているのではないのだと。
キイスは修復の終わった箱を開き中を確認する。
中には一本の銀で出来たナイフが入っている。
光にかざし刃に浮かび上がった紋章を見て彼は顔を顰めた。
「……ルネールの紋だな」
「件の襲撃事件のものだね?」
「ああ。犯人の残した手がかりだ」
竜の谷にはコラルを中心とし、五つの領地に広がる。智恵のルネール、剣技のレミアス、花のミレイル、戦のアソニア、そしてここ鉱山のフェリアルト。通常名を名乗る時出身の場所を知らせるために領地の名前を使うが、紋章に関しては特殊な時しか使われない。それが特別なものだからだ。
キイスが頬にフェリアルトの紋章を入れているのは、彼が領主代理だからであり、そのくらいの地位がなければ、普通婚姻などの特殊なことが無い限りは憚って使わないものなのだ。
ましてものに入れるとなれば持ち主はよほど高い身分の人間か、高い身分の人間に送られたと言うことになる。
それが先だって起こった子供が殺された事件の現場に残されていたのだ。
子供とはいえ竜だ。
武器で殺せるほど簡単ではない。
ただ特殊な武器を使い、それで角を壊せば簡単に死ぬ。成竜となった竜では角を壊した程度では死ぬことはないが、子供の竜はやはり弱いのだ。
「人間でなくて良かったが、複雑な気分だ」
当初谷に紛れ込んだ人間の仕業とも考えていたが、紋章が出てしまった以上、その武器は竜族が作ったものだ。竜族という身内で子供を殺すような気違いを出してしまったということだ。
「まだ分からないよ。人間が武器を入手して使ったのかもしれない」
「人間が竜から? 難しいことだろう」
協定があるとはいえ、人間との関係は良好とは言えない。
だからこそ、犯人が人間でなくて良かったと思ったのだ。犯人が人間であったのなら、ヘタをすれば再び戦争が起こる。
人間の国、ラスティーラの王が自らの命と引き替えにしてまで結んだ協定だ。
キイスの生まれるよりも遙かに前の話のため、英雄譚としてしかラスティーラ王の事は知らないが、竜族たちの中からも未だに傑物と言われるような人間だ。子供の頃絵本で知って以降英雄視しているキイスにしてみればその行動を無駄にしたくはなかった。
「ともかくルネール領主に尋ねてみる。変わった意匠だ。元の持ち主くらい特定出来るだろ」
「そうだね。……おや、あれはクウルじゃないか?」
窓の外に、走る子供の姿を見つけてトランタが言うと、キイスが大きく顔を顰めた。
「あいつ、一人で外に出るなってあれほど……っ! クウル! コラてめー、なにほっつきあるいてんだっ!」
「げっ! キイス、執務中じゃねーのかよっ!」
ドアを開け叫ぶキイスに驚きクウルは抱えていたものを落としそうになる。
「お兄様と呼べ! 馬鹿弟!」
「うるせー、キイスなんかキイスで十分なんだよー。つーか、トランところでさぼってんじゃねーよ」
「サボってねぇ! つーか、てめ、その荷物何だよ!? また何か猛獣ひろったんじゃねーだろうな!」
「へへーん、残念でした。今回は猛獣じゃなくて人ですぅー」
「は? 人?」
戸惑った声を上げると、とことこと彼が近づいてくる。
「いまカリアが見てるよ。怪我をして森に倒れていたんだ。俺はカリアのお使い。薬作るんだってよ」
言って彼は袋の中を見せる。
確かに中は餌などではなく薬の材料になるものが入っている。
「……大丈夫なのか?」
「傷は殆ど塞がっているけど、意識が戻んねーの」
「トランタ、悪いが……」
彼は心得ているという風に頷く。
「戻るんだな。気を付けて。カリア女史にもよろしく伝えてくれ」
「ああ」