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眠れる竜の寓話  作者: みえさん。
第二章 竜王の血
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 右手はクウルの右手ではなかった。右腕全体に金色の物体になってしまっていた。それは広く伸び、ささくれ立つようにいくつもの鋭い刃が出来ている。

 動かそうとしても思うように動かない。

 クウルはクウルを抱えたままの状態になっているセイムを見上げる。

「お、俺の腕どうなってんの?」

「多分迅雷王の魔力と同化してるんです。坊、何でもいいから武器を想像して変わるように念じてみて下さい」

「武器、武器、武器、武器……」

 クウルは頭の中で考える。シェンの剣を一瞬思い浮かべたが、すぐに変える。キイスが振り回すような大きな斧。

 ああいうのがいい。

 微かに右手に魔力が宿るのを感じた。

「おっ?」

 微かに光を帯びた右腕から、金色の物体が溶け出すように下に落ち。やがて形を作り始める。

 クウルが想像していたような大きな斧の形。

「おー」

 クウルは跳ね上がるように起きて斧を振り回す。

「セイム、見て見て! これすっげー軽い。しかも金ぴかでかっけー!」

 セイムは驚いたようにクウルを見る。

「驚いた、すぐに使いこなすなんて……」

「えー? 何か言ったか?」

「凄いって言ったんです。坊にはどうも凄い才能あるようですね」

「そうなん? キイスやシェンに自慢できっかな?」

「出来ますよ。坊、多分ですけど迅雷王の武器のなかから自分に必要な分だけ引き出してきたんです。そういう芸当出来る竜なんて、そういません」

「おー、俺スゲー」

 クウルは斧の感覚を確かめるように振り回してみる。まるで自分の手を動かす可のように思い通りに斧は動く。

 セイムの言う‘身の丈にあった’というのはこういうことなのだろう。

「なぁ、セイム、これってさ……」

 言い差した時だった。

 背後で爆音が響く。

「!?」

「坊!」

 セイムがクウルをひっぱり自分の後ろに庇うように隠した。

「……すみません、坊のことに気を取られて気付きませんでした」

 厳しい表情を浮かべたセイムの手から剣が生まれる。それを握りしめてセイムはそれを睨んだ。

「セイム、あれって……」

「町中で竜化するなんて、正気の沙汰ではありませんよ。恐らく歪みの気配に当てられて狂っているんです」

「狂うって……」

 クウルは目の前に現れた竜を見上げる。

 竜の姿になった竜族はとても巨大な体つきをしている。人の姿と比べれば数十倍はありそうなほどの巨大な体だ。フェリアルトの竜はその中でも体つきが大きい。巨体を支えるための巨大な翼と、強靱な角を持つ。尾は短く鎚のように丸く大きい。

 尾を振り回せば側にあった建物があっさりと破壊される。

 人々の騒ぎ声が響く。

 竜はどこを見ているのか分からなかった。クウルの位置からも瞳孔が完全に開ききっているのが分かった。正気でないのは見るからに明らかだった。

 即座に何人かが魔法で応戦しているのが見えたが、人の姿と竜の姿では歴然とした差がある。竜は人の姿でいるとはいえ‘人間’のように簡単に怪我をして死ぬような生き物ではないが、竜化した竜を相手にすれば簡単にいく訳がない。

「副長! 坊ちゃん!」

 叫びながら駆けてくるのはランだった。

 セイムと同じミユルナの隊に所属する若い竜だ。

「ラン、丁度良かった。坊を頼む」

「は、はい」

「隊長が来るまで俺があれの相手をする。出来るだけ町の外に誘導する。隊の者達にあったら伝えてくれ」

「はい!」

「ちょ、ちょっと待って、セイム、あいつ変だ!」

「変なのは当然ですよ、狂っているんです。坊、ここは俺に任せてランと逃げて下さい」

「違う、そうじゃないんだ!」

 身体に火がついたように熱い。

 何かが底からわき上がってくるような奇妙な感覚がある。沸き立つようで、どこかおぞましい何か。

 気持ちが悪い。

「あいつ、シェンと同じ気配がする……」

「え?」

 どん、と目の前の建物が破壊された。

 ランの手がクウルの肩を掴む。

「坊ちゃん、行きましょう、危険です!」

「でも……っ」

 竜は魔法で出来ている。故にそれぞれ違う魔法の気配を帯びている。竜となり能力を使えばその気配は濃くなり関知しやすくなる。遠くからでもそれがどんな性質を持っている竜なのか分かるのだ。

 その竜はフェリアルトの竜で、シェンと纏う気配が大きく違う。同じ領内の竜であれば似た気配を持つ竜も多く存在するが、クウルは明らかにシェンとは違う気配だと感じていた。

 けれどそれと同時にクウルは感じていた。

 シェンと全く同じ気配を。

 気持ちが悪い、とクウルは口元を押さえる。

 何か変なものでも食べてしまったかのように胃の中がぐるぐるとしている。嫌なものを見てしまったような、嫌な事に気付いてしまったかのような感覚。

 考えるのが嫌だった。

 見るのさえ嫌だった。

 けれど、

「………っ!」

 ちり、と頭の後ろの方に何か違和感を覚える。

 それが何かを感じ取ってクウルは見上げて叫んだ。

「シェン!」

 魔法の気配を纏った青年が空を舞いながら竜の側を通過すると、竜の気配が僅かに変わった。

 その瞳に僅か正気の色が戻る。

 開いていた瞳孔が一気に縮まり、竜ははっきりとシェンを見る。

「あいつ、一人で何を……」

 セイムが走り出そうとするところをクウルは引き留める。

「駄目、セイム、駄目だ!」

「坊、離して下さい、竜化していない彼一人じゃ無茶です!」

「違う、手を出しちゃ駄目なんだ!」

「坊?」

 訝るようにセイムが振り返る。

 クウルの視線はシェンから逸らされていなかった。シェンは誘導するように町の外へと動き始めた。それを追うように竜が動く。

 竜は彼を殺そうとするかのように羽ばたきながら大きな角を彼の方に向ける。

 彼は角を向けられても、竜の進行方向から逃げようとはしなかった。

「危ないっ!」

 ランが覚えず叫んだ。

 フェリアルトの竜の角は強い。人の姿であるシェンに直撃すればひとたまりもないだろう。

 だが、シェンは外に向かって移動しながらその角を弾き上げた。その反動で竜の身体は大きく上に跳ねた。角を向けて突進してくるフェリアルトの竜を剣一本で軽々しく跳ね上げたのだ。

「……嘘だろ」

 セイムが乾いた声で呟く。

 尋常の力ではあり得ない。

 あの細い身体にそんな力があるようには思えなかったのだろう。化け物か、とセイムの声が聞こえた。

 首を振ってクウルは言う。

「違う。……あれが‘王の戦い’だよ」

「王の戦い? 坊、どういう意味ですか?」

「そのまんまの意味。俺にはわかるんだ。あれは……」

 クウルは唾を飲み込んだ。

 喉が酷く渇いているのが分かる。

「あれは、俺たちが手出ししちゃ駄目な戦いだ」


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