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眠れる竜の寓話  作者: みえさん。
第二章 竜王の血
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「え……、子竜殺し?」

 シェンは少し戸惑った声を上げる。

 キイスはシェンの向かい側に座り、難しい顔で頷いた。傍らに立つミユルナも難しそうな顔をしている。

「ああ、先だってまだ幼い竜が殺された。武器で角を壊され即死だった」

「どうして……」

 竜が竜を殺すというのは尋常な事ではない。竜は戦神と言われるように戦う生き物であり、戦闘であれば殺し合うこともあり得る話だ。だが、一方的に殺すというのは考えられない話だ。

 子供の竜ということは戦うこともままならないだろう。まして角を壊して即死と言うことは最初から殺すことだけが目的で襲ったと言うことになる。正気であるとはとても思えなかった。

「犯人がまだ分かっていないんだ。だから無論動機もだが、もう一度事件がおきねぇとも限らない」

「あっ……」

 そう言うこと、とシェンは納得をする。

 突然話があると呼ばれ少し前に子供の竜が殺されたと彼は話した。何故そんな話を突然し出したのだろうと訝っていたが、犯人が分かっていないのだと聞いてすぐにシェンは納得する。

 彼はクウルのことを心配しているのだ。

「お前に頼めることじゃないが、お前の記憶が戻るまでの間お前の面倒を見る代わりに少しだけ気に掛けてやって欲しい」

「今はクーが外に出る時はおれの隊のやつが付いているが、そうそう一緒にいさせる訳にもいかないんだ」

 それはそうだろう。

 ミユルナはフェリアルト守衛隊の小隊を指揮する。小隊とは言ってもフェリアルト邸周辺を守っているのは彼女の隊だと聞いた。竜の姿を見たことはないが、古竜デイギアの竜であるのなら美しい姿をしているのだろう。そして恐らく強い。

 そんな彼女の隊は何かがあれば真っ先に動かなければならない。いくら領主の息子で、領主代理を務めるキイスの弟だったとしても優先する訳にはいかない時がある。守衛隊はクウルを守ることが仕事ではない。

「四六時中一緒にいろなんていわねぇが、なるべく一緒に行動してくれると助かる」

「あ……えっと」

 シェンが声を上げると彼は視線を寄こした。

「何だ?」

 怒られている訳ではないのに、強い調子にシェンは少しびくりとする。

「あ、えっと、あの……」

「あぁ? 何だ? 言いたいことがあるならはっきり言えよ」

 苛立ったように言われシェンは少し怯える。怒っている訳ではないだろう。だが、言いようのない不安感に襲われた。

 何故怖いのだろう。

 キイスはシェンをどうこうする気などないだろう。怯える必要なんかどこにもないはずだ。

 それなのに、怖い。

 何故かを考えて、突然、腹の底からわき上がるような恐怖感を覚えた。吐きそうな程の恐怖感。

 涙がこぼれた。

「ちょっと待て、てめぇコラ、なに泣きだしてるんだよっ! 泣くところじゃねぇだろうがっ!」

 キイスの語調が怖いのは確かだ。だが、それでどうしてこんな異常なほどの恐怖感を覚えるのかが分からない。

「ご、ごめ……」

「謝るんじゃねぇっ!」

 キイスの言うとおりだと思う。泣くような場所ではないし、それに対して謝るべきことでもない。涙を堪えようとしたが、止めどなく流れてくる。

「お前っ」

「キイス、少し待とう」

「ミユルナ……」

「お前も、落ち着いたらゆっくり話せばいい」

「……はい」

 言われて少し落ち着いてくる。

 息を吸って吐き出すと溢れる涙が止まった。

 指先で拭ってようやく声が出た。

「あの……僕を、疑わないんですか」

 不快そうに彼の眉が顰められる。

「疑うだぁ? てめぇ……」

「……キイスっ!」

「あっ、いや、悪い」

 ミユルナに窘められキイスは、ばつが悪そうに頭を掻いた。

「べ、別に怒ってる訳じゃねぇよ。……お前は疑われてぇのか?」

 シェンは慌てて首を左右に振る。

「一応確認するが、お前犯人か?」

「えっ、違うっ! ……その、たぶん」

「多分?」

「……覚えてないから」

 自分のことをまるで覚えていない。この屋敷で目が覚めた時より前のことを思い出そうとすると気持ちが悪くなる。苦しくて吐きそうになるのだ。

 何者であるかまるで分からない。服装からレミアス出身というのは分かった。武器に刻まれた消えかけの文字から‘シェン’という名前ではないかと推測出来た。でもそれ以上のことは分からない。レミアスに書簡を送ってくれたらしいが、返事は戻ってきていない。自分が覚えていないだけで、もしかしたら子供の竜を殺していたかもしれない。

 そう考えると不安になった。

 くすりとキイスが笑う。

「ばーか、何不安そうな顔してんだよ」

「……」

「記憶無くす前のお前は知らねぇけど、今のお前は子供殺すような奴じゃねぇよ」

 シェンは彼を見る。

 笑みを浮かべた彼の表情は優しい。本気でそう思っているような顔つきだった。

「どうして……」

「どうしてって言われてもな……」

 少し困ったようにキイスは言う。

「寝食共にすれば‘家族’だろ」

「家族……」

「記憶を無くす前のお前は知らない。だが、ここ数日間だけだが、お前の事は知ってる。少なくともお前は自分が極限の時に人の部屋で吐いて迷惑を掛けるのを心配するくらい良識のある奴だ。悪い奴には思えねぇよ」

 それだけのことで、とシェンは少し不思議に思う。

 それだけのことで記憶喪失という怪しげな自分を受け入れられるのだろうか。傷を負って倒れているだけでも怪しげだろう。まして都合良く記憶喪失になっているなんて、とてもじゃないが不審人物だ。ふりをしていればどうとでもなる。何か聞かれても都合の悪いことになれば「記憶喪失」を理由に知らぬふりも出来る。

 何故ここの人はこんなにも簡単に信じてくれるのだろう。

 自分なら到底「記憶喪失のシェン」を信頼なんか出来ない。

「あ、あの……」

「ん……」

「その、もし僕が……」

 言い差した時だった。

 気配を感じて三人は一斉に窓の外を見た。

 誰かが竜化した。

 しかも気配が近い。おそらく町中で竜の姿に変化したのだ。それはどこの領地でも禁止されている事だ。町の中は人の姿でいるのが原則とされている。正気であるようには思えなかった。

 それに。

(………何、この感覚)

 全身が粟立った。

 竜の濃い気配。濃い血の匂い。

 その気配を感じて身体中の血が沸騰したように熱くなった。

 ミユルナとキイスは窓の側に駆け寄り状況を確認するように外を指差した。

「あそこだ!」

 キイスの声に被さるように何かの破壊音が響く。

 シェンの位置からも立ち上る煙が見えた。

「フェリアルトの竜だな。気質は磁……くそ、俺と相性は良くねぇな」

「そんなことを言ってる場合じゃない。行こう、キイス。被害が出る前に止めなければ」

「ああ」

「それは駄目だ」

 言うと怪訝そうに二人が振り返った。

 感覚が研ぎ澄まされていく。

 傍らに置いていた剣を握るとますます研ぎ澄まされる感覚になった。

「君たちがあの竜を殺してはいけない」

「……どういう意味だ?」

 シェンは息を吸い込む。

「あれは、竜王候補だよ」


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