鐘
あの時計塔の鐘を鳴らせてはいけない。
十二時の鐘が鳴れば、魔法が解けてしまう。
少女は時計塔の中の階段を急いで上がっていた。
その後を屈強な軍人が後を追う。
鐘を鳴らせてはいけない。
スパイの情報によるとあの鐘の音と共にこの国に侵攻すると言う事だ。
恐らく先行する少女もスパイ。
そう思い、軍人は必死に時計塔の階段を駆け上る。
その後を娼婦が追っていた。
鐘を鳴らせてはいけない。
あの鐘と共に愛する人は死刑に処される。
多くの罪を重ねた。
恐らく怨む者も多いだろう。
前を行くあの男もきっとそう。
けれど、愛した男に少しでも生きて欲しい。
そう思い、女は必死に時計塔の階段を駆け上る。
その後を学生が追っていた。
鐘を鳴らせてはいけない。
あの鐘と共にずっと片思いだったあの人が列車に乗って遠くへ行ってしまう。
もしあの鐘がならなければ、あの人はまだここに留まってくれるのではないか?
そんな妄想に抱かれ、学生は必死に時計塔の階段を駆け上る。
その後を・・・
リンゴーン、リンゴーン、リンゴーン・・・
荘厳な鐘の音。
ああ、世界が終る。
そう時計塔を駆けのぼる者皆が思った。
「良かった。今日も良い音だ」
そして、鐘を作ったその老人は満足そうに笑む。
その鐘の音と共に魔法は消え、何かは始まり、何かは終わる。
例え世界が終ろうとも明日が来る。
その喜びを、老人はかみしめていた。