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替え玉お嬢様は魔法がつかえない  作者: 永杜光理
六章 魔法の代償
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第43話 豹変なんてやめてほしい

「これが魔法を使った後遺症なら、僕には何もできない。エミリアも知ってるだろ? こういう場合は放っておくしかないんだ」

「じゃあ、マリサをあんな目に合せて良いっていうの?!」


 エミリアが指さした先には、赤子のように寝息をたてるバルタザールと、干上がった魚の目をした摩李沙が横たわっている。

 摩李沙は手を上げた。


「後遺症って、どれくらいで元に戻るんですか?」

「三日から一週間かな。もっと遅いこともあるらしいけど」

「そ、そんなぁ」


 この数時間でもかなりの衝撃を受けているのに、まだまだ続くと知らされ泣きたくなる。

 エミリアの声が一段と大きくなった。


「学校はどうするの?!」

「休ませるしかないよ。エミリアに冷淡な態度をとっているところを見せられるかい? ウチの威厳にもかかわるし、バルタザールの記憶が戻った時、彼が可哀想だし」

(そう言われればそうだ)


 確かに、バルタザールはいずれ元の状態に戻るはずだ。

 この面倒事は、やがて終わるはず。

 そうやって己を奮い立たせないと、ぽっきり心が折れてしまいそうな摩李沙だった。




  ◆◆




 翌日は雲ひとつなく空が晴れ渡り、日光浴日和(びより)と言えた。


 レアルデス家の中庭――以前アレンダとバルタザールが魔法を見せてくれた場所だ――にて、摩李沙は身の置きどころのなさを感じていた。

 その隣には当然のように、バルタザールがいる。


 二人は中庭に設置されたベンチに腰かけていた。さりげなく距離を取ろうとする摩李沙に対し、バルタザールは手を重ねてくる。


「わっ」


 すかさず近寄られ、腰にも手を回された。おそるおそる見上げると、バルタザールはハチミツのような柔らかな笑みを浮かべていた。

 こんな状況でなければ、彼の端正さにうっとりしてしまったかもしれない。


 じっくりと顔を見たことがなかったが、水色の瞳は吸い込まれそうなほどに澄んでいて、頬も絹を一枚貼ったみたいにきめがいい。

 数日前に見たアルシノエも、あどけなさは残るがかなりの美人であった。バルタザールは、母の魔力だけでなく容貌もしっかり受け継いでいるのだ。


「照れなくていいだろ、エミリア。本当に、俺には素直じゃないんだから」


 そう言うと、摩李沙の頭にこつんとひたいを寄せてきた。

 昨日から百回近く感じたことを、また心の中で絶叫する。


(だから人違いだってば! バルタザール!)


 整った顔立ちの少年が一方的に恋人のように接してきて、浮ついた気持ちを一切持たなかったといえば、嘘になる。


 だがいつも、摩李沙をエミリアと勘違いしていることを突き付けられ、頭から冷水を浴びせられた気持ちになる。バルタザールと再会したのは昨日だというのに、この繰り返しに辟易としたせいで既に数日経過しているような錯覚さえあった。


 ちなみに、自分はエミリアではなく人違いだと説明を試みたが、バルタザールが徐々に不機嫌になったためにアレンダに止められた。


 摩李沙は、視線を周囲に巡らせる。

 薔薇で出来た垣根の向こうに、アレンダの頭が見える。約束通り監視してくれているようだ。


 安堵したのもつかの間、バルタザールが急に目を細めた。


「のぞき見するな、馬鹿者!」


 言うや否や、片手を振って風の球を飛ばした。頭に命中したのかアレンダは「ぎゃっ」と悲鳴をあげ、倒れる。


 しかしあの程度の攻撃では、アレンダならば避けるのは朝飯前だろうし、仮に命中したとしても屁の河童のはずだ。

 ということは、面倒なことを避けるためにわざとやられたフリをしたのだ。


(アレンダさんの気持ちもわかるけど、ベタベタされる私の身にもなってほしいな)

「驚いたよね? せっかく二人きりになれたのに、あんな奴の邪魔が入ったらたまったものじゃない」


 数日前の彼とは全く違う態度に、もしかしたらと勘繰ってしまう。


(アレンダさんに対してかなり不満があったのかな?)


 心の奥底に抑え込んでいた感情が、この機会に噴出してしまったのかもしれない。ありえそうな仮定だが、口にしないでおこうと決めた。

 だがひとつだけ、どうしても気になることがある。


「ねえ、バルタザール」

「何だい、エミリア?」


 たずね返される声音すら甘い。たじろぎながらも、目を見てたずねた。


「エミリアのこと、やっぱり好きだったの?」


 バルタザールは不思議そうに目を瞬かせる。


「エミリア、何を言ってるんだ、俺たちは」


 そこで彼は言葉に詰まった。すべての記憶が突然漂白されたかのように、呼吸すら一瞬止まってしまう。


「バルタザール?」


 伺うように名を呼ぶと、かすれた声が返ってきた。


「いや、ごめん、その……」


 そして唐突に、バルタザールは両手でこめかみを押さえてうめいた。

 記憶が戻ってくるときの、辛い痛みに違いない。摩李沙はそっと背に手をあてた。


「大丈夫だよ」

「エミリア……母さ、ん……」


 たまらず、バルタザールの肩に手を回そうとした。

 その時だ。


 屋敷の上空で、巨大な風船が割れたような破裂音がした。顔をあげた摩李沙は、何かが屋根の上に落ちるのを視界にとらえた。

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