第一話
人生はコース料理のようなものだとよく思う。料理たちはイベントごと。食休みするもよし、早く平らげるもよし。ルールはない。中止したって良いのだから。机にはいろいろな料理があり、それは人それぞれ違う。サラダのような日常。こってりしたハプニング。刺激の強いスパイス。甘い、甘酸っぱい青春。
俺は食べやすい物だけを選んで食べてきた。それ故に感じるのだ―刺激的なものを食べたいと。
これは俺が甘い見積もりで青いスパイスを口にしてしまった話。
―知る覚悟はあるかい?
―今日も暇だ。
そんな毎日を送る俺は刺激を求めていたのだろう。俺はイヤホンを片耳につけ音楽を流しながら家に帰る。電車には学生が多く、みな揺さぶられながら和気あいあいと話している光景を幾度と見てきたことか。
―俺もあんなふうに…帰りたいな。
そう思いながらも俺は独り音楽に包まれ一人の世界に入った。しかし、乗り換えや聞き飽きたアナウンスが邪魔をするのだ。
「次は、渋谷。渋谷です。」
下におろしていた重いリュックを持ち上げ、人を掻き分けて電車を出た。俺は振り返り、キャッキャしている人たちを見る。すると頭によぎるのだ。
―いいなぁ。青春。
新宿に行くのかはたまた原宿か…。俺と同じ駅の渋谷で降りて遊ぶのか。俺は遊ばないけど…。そう思いながら改札を出て家まで歩いた。
「ただいま。」
靴を脱いで自室へ向かう。しかし、テレビの中のアナウンサーが父の名前を読み上げ、俺の足を掴む。その掴む力は強く振りほどくことはできそうになかった。
「次の衆議院選に向け、動きが出てきました。東京都第七区選出の来栖議員がきょう午後、記者会見を開き、衆議院選への出馬する意向を明らかにしました。来栖議員は物価高対策を最優先に掲げ『現地の声を国政に届けたい』と強調しました。この選挙区では複数の新人も出馬を表明しており、とても激しい戦いになると予測されます。」
俺は思わずため息をこぼしたが、構わず階段を上がる。そして俺は自室に入り、扉を閉めた。目に映るのはいつも通りの景色。大き目のカーペットが敷かれ、勉強机にデスクトップ、隣に本棚とフィギュアやグッツが固まっている。
「何が『現地の声』だよ…。クソモラハラ男が。」
そして俺は扉に寄りかかってそう愚痴をこぼすとデスクトップの電源をつけて椅子に座った。そして、いつものようにネットに潜る。
「この人、今日の九時に配信か…。久しぶりに雑談配信をやるのアツい。」
そうマウスのホイールをクルクルさせて画面をスクロールしていく。その配信者のファンアートも流れてくる。
―ネットの中は居心地が良い。
そう思いながらスクロールしているとアイコンも文書もなくただURLを貼っているスレを見つけた。
「D.S.10?あんまり見ないタイプの名前だな…。URLも見たことないサイトの物だよな…。」
俺には気味悪く思え、抑止力が働く―いつもなら。だが今は、異様に知りたいという好奇心が勝ってしまった。そして俺はそのURLをダブルクリックした。すると知らないサイトに飛んでいき、画面が真っ黒になった―と思ったら赤い枠が沢山出てきて色々な文字の羅列が動いていく。
「…なんだ、これ?何かのプログラミングみたいなのか?」
そうまじまじ見ていると大きく赤い枠が作られ緑の文字で書かれた。それは俺を取り巻く鎖のように感じた。重たくも痛くもない。ただ不穏というだけ。
―find target
「なんか凝った演出だな…。そういうのを作っている人なのか?D.S.10って人は…。」
そう俺は無理やりに折り合いをつけてサイトを閉じた。そしてサブスクを開き、適当に続きのアニメを観ながら宿題をやろうとそう思い立つ。
十九時を過ぎたころ、下のリビングから母の声が聞こえてきた。
「ごはんできたよ!」
とても大きな声だと思う。扉越しでも聞き取れるのだから。俺はシャーペンを置き大きな声で返事をした。
「今、行く!」
俺は椅子から立ち上がり、扉を開けようとすると再び母の声が聞こえてきた。
「ごはーん!!できたよって!!」
俺は少しムカっと来たが、別にいい。いつものことだ。毎度のこと。
―返事してんじゃん。
毎度そう心で呟き、小言を言いながらも扉を開けて階段を下りる。すると俺の鼻にいい匂いが纏った。ごま油の匂いにほんのりと漂う卵の匂い。
―大好物の炒飯だ。
そのため、少し速足でリビングに行き、席についた。俺は九時から始まる配信のリアタイを、母は韓国ドラマを観て無言で食べる。
「スプーンだけ頂戴。」
「はい。」
「ありがとう。」
俺はスプーンをもらい、再び配信画面に目をやる。この程度しかない親子の会話はあまり踏み込まれないが故に安心できると言ってもいい。見ている邪魔もされないのだから。
「ごちそうさま。」
食べ終わった後、皿とスプーンをシンクに置き、風呂に入った。風呂で体や髪、顔を洗った後、ついに配信視聴の再開だ。好きな声に聴いていて楽しい雑談。
―幸せだな。
俺は無意識にも微笑みながら配信を聴いていた。
「じゃあ次のコメント~。え~っと…『最近、都市伝説や陰謀論とかのスレを多く見かけます。レインさんはこのスレをどう思いますか…。』だって。あ、スクショも届いてるみたい。ちょっと見てみよう…なにこれ?」
その時、俺は学校帰りすぐの時に見た謎のURLを思い出した。〝find target〟という凝った演出には驚かされたことを覚えている。
「これで…映ったかな?これが実在するかどうかってこと?どうなんだろ~。」
画面にはいくつも同じ話題のスレばかりだ。よく見るようなテンションのスレであまり面白くないように思えた。
「え~でも、あんまり私は信じないかな~。都市伝説とか。そう、昔っからね~。えっ?『どっかの国の大統領は実在するって言ってたらしいよ。』だってみんな!すご…。アッハハ!」
レインの声を聴きながら映されたスクショ画面をよく見る。すると同じワードが出てきた。
―D.S.
―俺の見たURLを貼っていたアカウントの奴も…。D.S.ついてたような…。
そう頭の中をよく働かせようとした時だった。レインの声だ。
「D.S.?なにゲーム機の話が都市伝説になってんの?そのゲーム機が都市伝説なら遊んでた私も伝説~。いいね~。」
―確かに。ゲーム機。
頭の中がポンと軽くなった気がした。重たい物が入っていた事柄が解決した。俺は湯船から上がり、軽くなった体のまま着替えて自室に戻った。その後も俺は配信の視聴を続け、ついに配信終了の時が来た。
「は~い、じゃあここら辺で。おつレイ~。」
楽しんだ俺は時計を見る。針は二十三時ちょうどに差し掛かろうとしていた。
「ヤバ、明日も学校だって。」
急いで洗面台まで行き、鏡で俺を見ながら歯磨きをし始めた。最初の方は急いでやっていたが、だんだん動かす手が遅くなっていく。
―D.S.…D.S.…D.S.…D.S.…D.S.…。
解決したはずなのに取れないこびりつき。シールをはがした後に残る白い奴みたいな感覚だった。俺はそのままうがいをし、自室のベッドに倒れこんだ。
「D.S.ってなんなんだよ~もう!まあもういい。おやすみ。」
自分に言い聞かせ、目を閉じる。すると体は鉛のように重く、起き上がれないまま深く沈むように夜を過ごした。




