第5章_星片一つ目
漂流島に上陸すると、湿った砂と潮の匂いが強く鼻を刺した。島の中央には石造りの神殿が半ば沈みかけた状態で佇んでいる。柱には海藻が絡みつき、壁の隙間からは水が滴り落ちていた。
「……不気味ですね」真子が足元を気にしながら呟く。
「足を取られるな」圭佑は剣を抜き、周囲に視線を走らせた。「内部を調べる。全員、俺の後ろにつけ」
神殿に足を踏み入れると、ひんやりとした空気が肌を撫でた。奥へ進むにつれ、光苔が壁を淡く照らし、揺らめく水面の反射が影を踊らせる。
瑛太が口笛を吹いた。
「まるで水底の墓だな。歌の題材にはもってこいだけど」
「黙って歩け」圭佑が小声で叱責する。
その時、真弓が立ち止まった。
「床の石、緩んでる」
しかし注意が一瞬遅かった。圭佑が一歩踏み出した瞬間、床板が沈み込み、仕掛けの音が響いた。
「しまっ――!」
天井から鉄格子が落ち、圭佑と真子が罠の内側に閉じ込められた。外の仲間が驚き、駆け寄る。
「圭佑さん、大丈夫ですか!」真子が鉄格子を揺らす。
「離れろ! 無理に触ると――」
その言葉の途中で、格子に電光のような魔力が走り、火花を散らした。
圭佑は歯を食いしばった。
(ルーチンを乱した……冷静さを欠いたせいだ)
焦りで胸が締め付けられる。だが真子が真剣な顔でこちらを見つめていた。
「協力して出ましょう。きっと方法があります!」
その声に、圭佑の肩の力がわずかに抜けた。
真弓が格子の根元を調べ、剛が周囲の壁を叩く。瑛太は歌うように呟きながら、隠しレバーを探した。
数分後、真弓が低く声を上げた。
「ここ、外せば……」
剛が力いっぱい持ち上げ、格子はわずかに歪んで外れた。
二人は解放され、息を整えた。その奥、祭壇に青白い結晶が輝いている。
「……星片だ」圭佑が静かに呟いた。
祭壇の上に浮かぶ結晶は、まるで心臓の鼓動のように淡い光を脈打たせていた。近づくごとに、空気がひんやりとして張り詰める。
「これが……星片なんですね」真子が小さく呟き、両手を胸に当てる。
圭佑は剣を構えたまま周囲を見渡し、罠がないことを確認した。
「触れるな。俺が――」
そう言いかけた瞬間、結晶の周囲に黒い靄が広がった。
虚無の王の呪いに似た気配に、全員が身構える。
「下がれ!」圭佑が声を上げたが、真子は一歩踏み出していた。
「待ってください。……怖くないんです」
彼女の声は静かで揺るぎなかった。
真子が両手を差し伸べると、光が一瞬だけ強く輝き、靄を押し返すように消し飛ばした。
結晶は音もなく彼女の手のひらに落ち着いた。
「……取れた」真子は驚いた顔で振り返った。
圭佑は一瞬言葉を失ったが、すぐに剣を収めて小さくうなずいた。
「よくやったな」
その言葉に真子は安堵の笑顔を見せる。
瑛太が口笛を鳴らした。
「いやぁ、なかなか劇的な光景だったな。歌になるよ、これは」
「勝手に歌うな」と圭佑は低く返したが、声には少しだけ笑みが混じっていた。
こうして一行は最初の星片を手にし、沈みゆく神殿を後にした。
外に出た時、海霧がわずかに晴れ、遠くに月が顔を覗かせていた。