第10章_砂上に咲く恋心
その夜、一行は砂漠の外れにある隊商用テントで休息をとっていた。外では冷たい夜風が砂を運び、遠くの街灯りが小さく瞬いている。
真子は毛布にくるまりながら空を見上げた。砂漠の夜空は澄みきり、無数の星々が瞬いている。
「こんなに星がきれいに見えるなんて……」
その声に圭佑が足を止め、彼女の隣に腰を下ろした。
「寒くないか?」
「ちょっと。でも……なんか落ち着くんです」
真子は少し照れたように笑い、毛布を半分差し出した。
「よかったら、どうぞ」
圭佑は一瞬ためらったが、無言で毛布を受け取り、肩にかけた。
しばらく沈黙が続いた。夜風の音だけが二人を包む。
真子がふと口を開いた。
「圭佑さんって……ずっと誰かを守ってきたんですよね」
「まあ、そうだな」
「その、つらい時とか……ないんですか?」
圭佑は少し空を見上げ、息を吐いた。
「守ることが仕事だ。感情を持ち込めば迷いが生まれる。だから……考えないようにしてる」
その言葉に真子は俯き、両手をぎゅっと握った。
「でも……私は、圭佑さんが感情を持ってくれてよかったって思います」
「どういう意味だ?」
「だって、あの時、私を守るために迷わず動いてくれたから」
圭佑は一瞬、視線を逸らし、口元を引き結んだ。
「……あれは職務だ」
「でも、私はうれしかった」
真子は笑顔を向け、その頬は赤く染まっていた。
圭佑はその笑顔に言葉を失い、夜空へと視線を逸らした。
(俺は……護衛対象としてしか見てはいけないはずなのに)
沈黙の中、砂漠を吹き抜ける風が二人の距離をそっと縮めた。
真子がためらいがちに口を開いた。
「私、圭佑さんのそばにいると安心するんです。どんなに怖くても……」
その言葉に圭佑はわずかに目を伏せた。
「……安心するのは、俺の仕事が果たせているってことだな」
真子は小さく首を振った。
「違うんです。ただ守られてるだけじゃなくて……私も誰かを守りたいって思えるようになったんです」
彼女の瞳は揺らぎなく、真っ直ぐに圭佑を見つめていた。
その瞬間、圭佑は心の奥に小さな熱を感じた。
(この娘は、俺の枠を越えてくる……)
言葉を探そうとしたとき、遠くで花火のような光が弾けた。砂都の祭りの名残りだろう。
「きれい……」真子はその光を見つめ、微笑んだ。
圭佑も同じ方向を見やり、ぽつりと呟いた。
「……お前の笑顔の方がきれいだ」
言った瞬間、圭佑自身がはっとして顔を背ける。
「い、今のは忘れろ」
真子は驚いたように目を瞬かせたが、すぐに照れ笑いを浮かべた。
「忘れませんよ」
二人の間に再び沈黙が訪れたが、それは気まずいものではなかった。夜風は柔らかく、砂の匂いと星空が二人を包み込んでいた。




