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第1章_月下の契約

 王都ルメリアの星見塔は、初夏の満月に白銀の光をまとっていた。澄みきった夜空には星が散りばめられ、遠くの森を抜ける風が塔の外壁を撫でていく。静寂を破るのは、足早に階段を駆け上がる鎧の音だけだった。

  圭佑は額の汗を手甲で拭い、深呼吸を一つ置いて扉を押し開けた。そこには、ひとりの少女が立ちすくんでいた。見知らぬ衣服――淡い藍色のワンピースに薄手のカーディガン。王都では見ない装いだ。

  少女は驚いたように振り向き、視線がぶつかる。

 「えっ……ここ、どこ……?」

  その声は怯えを含んで震えていた。

  塔の中央に、淡く輝く水鏡が浮かんでいる。その水面から現れたのは、人の形をした光――星泉の精霊だった。

 『我は星泉の守り手。この娘は異界より召喚された。名は真子』

  光の声は直接、心に響いた。

 「召喚……だと?」圭佑は思わず声を荒げた。「王宮に許可なく転移術を――」

 『王国を救うためだ。星泉が枯れ、このままでは魔獣が王都を覆い尽くす』

  精霊は淡く揺らめき、真子の肩にそっと手を置く仕草をした。

 「わ、わたし……」真子は戸惑いながらも口を開いた。「協力し合えば、なんとかなるんですよね? わたし、やってみます!」

  その言葉に圭佑は眉をひそめた。軽率とも思える返事。しかし真子の瞳は迷いなく前を向いていた。

 『四つの星片を集めよ。最後の鍵は“二つの心が通うとき”に現れる』

  精霊の声が星見塔に反響した瞬間、塔全体が淡い光に包まれた。

  圭佑は深く息を吐いた。

 (巡回経路は乱れるし、任務外の護衛……だが命じられた以上、守り抜くしかない)

 「……俺は近衛騎士、圭佑。お前を護衛する」

 「ありがとう、圭佑さん!」

  真子が花のように笑った時、満月がふたりの影を長く伸ばした。



 塔の扉が閉じられると、外の世界はすっかり遠ざかった。石造りの床に月光が反射し、薄い青白さが二人の足元を包む。真子は戸惑いの色を隠しきれず、ぎゅっと両手を胸の前で握りしめていた。

 「ここは……本当に異世界?」

  真子の呟きに、圭佑は剣の柄に手を添えたまま短く答えた。

 「ああ、ルメリア王国だ。お前は精霊に選ばれたらしい」

  真子は瞳を揺らしながらも、ふと顔を上げた。

 「じゃあ、わたし……この世界のために何かできるのかな」

 「使命は簡単じゃない」圭佑は視線を逸らし、淡々と言った。「四つの星片を集め、王国を救う。それがこの召喚の目的らしい」

  そのとき、精霊が再び淡い光を放ちながら宙に浮いた。

 『この娘の心は“協力”を悦ぶ。他者と共に道を歩むその力は、失われた泉を再生する鍵になる』

 「協力……それなら得意かも」真子は小さく笑みを浮かべた。「一緒に頑張れば、きっと――」

 「軽々しく言うな」圭佑が思わず声を強めた。任務外の混乱を嫌う彼の癖が出た。

  しかし真子はたじろがず、にこりと笑う。

 「だって、誰かと一緒なら楽しいじゃない。ね?」

  その明るさに、圭佑は言葉を飲み込んだ。

  精霊は二人を見つめ、厳かに告げた。

 『旅は明朝から始めよ。西の港町セルダへ向かうのだ。そこに最初の星片の手がかりがある』

  光が散ると同時に、塔内に再び静寂が戻った。

  圭佑は剣の柄を握り直し、真子を見た。

 「明日から、お前は俺の護衛対象だ。命令には従ってもらう」

 「わかりました!……でも、わたしもできることを探していいですか?」

  彼女の声は小さいが芯があった。圭佑は少しだけ目を細めた。

 (協力……か。俺には縁遠い言葉だな)



 夜半、星見塔を後にした二人は王宮の回廊を歩いていた。外の庭園は月光に照らされ、白い花々が静かに揺れている。

  真子は何度も振り返り、遠くにそびえる塔を見上げた。

 「さっきの……夢みたいでしたね」

 「夢じゃない。明日から現実になる」圭佑は歩調を崩さず答えた。「星片集めは長い旅になるだろう。お前の世界に戻る方法も、これにかかっているかもしれない」

  その言葉に真子の瞳がわずかに揺れた。

 (帰れる……のかな。でも、今は――)

  真子は小さく首を振り、自分の頬を軽く叩いた。

 「うん、やるしかないですよね!」

  その元気さに圭佑は苦笑した。

  護衛任務を請け負ったことへの重圧はある。しかし、先ほど見せた彼女の笑顔が頭から離れない。

 (俺はルーチンを守ることで落ち着く人間だ……だが、この娘は型にはまらない)

  二人は回廊を抜け、宿舎の前で足を止めた。

 「ここが今夜の部屋だ。しっかり休め」

 「はい、圭佑さんも」

  真子は深々と頭を下げた。その仕草がどこかぎこちないが、誠実さがにじんでいる。

  扉が閉まった後、圭佑は小さく息を吐いた。

 (協力……俺はきっと試されているのだろう)

  月光の下で、彼の影は長く伸び、静かに揺れていた。

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