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氷使いの日常  作者: おおかみ裕紀
第1章 コノート村編
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Ep.7 - 助けたいと思ったから -


 この世界には、時計がない。

 ここに来て一ヶ月、今でも時計を探そうと無意識に壁を眺めてしまう。


 時間を調べるには、毎回空を見上げて太陽の位置を確認しないといけない。


 それでも、意外なことに時間の経ち方が大きく違うということはないらしい。

 昼の長さもそこまで違うという感じはしないし、時差ボケみたいな違和感も感じない。

 地球と時間感覚は、ほぼ同じなようだ。


 今は…日の落ちようからして、大体16時くらいだろうか。

 日の落ち方で時間を図るなんて、まるでサバイバルをしてるみたいだな。


 そんなことを考えながら、俺は夕食当番としてイーファちゃんと料理をしていた。



 「いてっ…いてて…」


 「…」


 

 「硬っ…やべ、また切った…」


 「さっきから何回指切ってるんですか!?」



 そして俺は今、夜ご飯のカレーを作っている。

 イーファちゃんに任され、根菜類を切っていたはずなのに、気付けば手が血だらけになっていた。


 アジトでは食事の用意は当番制だから、俺もこうやって定期的に用意をする。

 でも、毎回まともに切れないから、同じ当番の人に任せて雑用ばかりしている。

 イーファちゃんくらいだ、俺に包丁をもたせるのは。

 まあ、下手に気遣われるよりは、心地はいいけど。いや、痛いけどね。



 よくよく考えれば、俺って死ぬ前も惣菜買うかカズユキの家でご飯食べるかの2択だったし、料理ができないのはわかりきっていた。

 …いや、それでもここまで指切る人はいないか…。



 「イツキさんと準備してると、野菜に触れてる時間より包帯巻いてる時間のほうが長く感じます…。」


 「面目ないです…。」


 「まったく、無理な力が入りすぎなんです!」



 苦笑いしかできなかった…。


 そういえば、指を切ってしまったとき、一度だけ聞いたことがあった。

 治してもらう側だからあさましいとは思ったけど、ヒーリングは使わないのかって。


 ヒーリングっていうのは、使う側は魔力消費するのはそうとして、回復される側にも負担が来るらしい。

 厳密に言えば、ヒーリングは直接的な回復魔法ではない。


 身体の自己修復機能を促進させて、早く回復をさせるっていうことだと言っていた。

 つまりは、何度も使いすぎると、体力を消費しまくっているわけで、受ける側も疲れるってことだ。

 回復魔法って、ただ単に傷を治すっていうわけじゃないんだなーと感心した記憶がある。


 

 考えているうちに、野菜を切り終わったので、あとは煮込むだけ。

 鍋に水と野菜、あとよくわかんないスパイスとか草を入れて蓋をする。


 あとは待つだけだ。

 


 ふと、聞くことがあったのを思い出し、彼女の顔を見た。

 会議のときの怒りは嘘かのように、いつも通りだった。


 俺は聞くべきか迷ったけど、やっぱり好奇心が勝ってしまって、聞いた。


 「あのさ、イーファちゃん。変なこと聞くけど…」


 「さっきさ、会議終わったときにうつむいてたよね。その…大丈夫?」



 大丈夫って聞き方ちょっと変かな。

 もう一ヶ月同じ屋根の下ですごしてるのに、未だに話すときに緊張してるし。


 「あ…、ううん。ちょっと、嫌な思い出があったので。思い出しちゃって。」



 少しうつむきながら、顔を隠すように彼女は答えた。

 別に、これ以上聞く必要はないと思った。


 けど、好奇心というか、なにか心配事でもあるんじゃないかと思って、もう一度聞いた。



 「あんまり楽しい話じゃなくてよければ…。」


 そう言うと、顔を上げて、ぽつぽつと昔話を始めた。





 ‐‐‐





 私が、11歳前後の時の話です。

 当時私には、傭兵団の団長だった父と、魔法使いの母がいました。


 2人とも、傭兵団所属でした。


 両親は基本傭兵の仕事に出ていたので、家で1人で待っていることが多かったです。

 待っている間は、ギルドに行って本を読んでたり、外で遊んだりしていました。


 コノートは村といっても小規模な町みたいなものなので、暇つぶしには事欠かない生活を送れていました。


 …でも、私は1人だったんです。

 両親がかまってくれないから、なんてそんな理由じゃないです。


 …ここの村では、魔法使い志望の子は、6から10歳あたりを過ぎたら、遠くの街に留学をするっていうのがほとんどでした。


 私と同じ年の子たちは、みんなメモリア…北方のリスリア王国にある魔法学校に、馬車で片道2ヶ月くらいかけて行くのが普通でした。


 当時はほとんどの人が魔法使い志望で、私が物心つく頃には、みんな村を出ていってしまったんです。

 それで、残ったのは傭兵志望の子か私くらいでした。


 傭兵志望もここは少ないので、同い年の子供は1か2人…その子達も農家だったり明確な目標があったのに、私だけ取り残されている。

 そんな気がしたんです。


 

 私もリスリア王国に行けばいいじゃないかって、思いますよね。

 本当なら、私も魔法使いになるために、みんなのいるところに留学したいって思ってました。


 でも、行けないのには、理由があったんです。

 端的に言えば…魔法が、使えませんでした。

 周りが自分の体のように魔法を操る最中、私だけは上手くできずにぐずっていたのを覚えています。


 …それでも、魔法学校に行けなくとも、お母さんのような魔法使いになりたい。

 闇雲な目標を目指して、もがいていたとき。そんな想いを汲み取って、特訓をしてくれる人がいたんです。



 その時の私は、ある魔法使いに魔法の特訓をしてもらっていました。

 毎日シュネの丘で、数時間。


 シュネの丘の方までは片道2時間くらいかかるので、通うのは大変でしたけど…魔法使いになりたいって言う一心で、続けてもらっていました。

 それに、両親も朝から仕事に行っていたので、特に言われなかったですしね。

 


 私は…魔法がうまく使えなかったので。

 いっぱい、迷惑かけてたと思います。


 初めの何ヶ月かは、何も進展がないままだったし、なにより私が無理言ってお願いしてたので。

 いっぱい、その人を悩ませてしまっていたと思います。



 でも、その人のおかげで、半年ほど経つと魔法が少しずつ使えるようになったんです。

 魔法がうまく使えなかった私は、これで私も魔法使いになれる…って、ちょっと興奮していました。


 そんな興奮を覚ますどころか、苦しめるように不幸が訪れたんです。

 …それは、私の不注意でした。


 当時特訓していた場所、さっきはシュネの丘って言いましたよね。

 シュネの丘の森林寄りの場所で特訓をしていたので、通り道に森林の横を通ることがあったんです。


 その日は、グラン森林に少し寄りながら丘に向かっていました。

 森林にはトレントだとか、魔物自体はいても、外側にはほとんど出てくることはないので、特に警戒もしていなかったんです。



 …油断していたんです。

 村のあたりは、言うほど危険じゃないって。



 …ある日、いつものように特訓場所へと走っていると、いきなり感じたことのない恐怖が私を襲いました。

 一瞬足がすくんだと思ったら、突然横から光が刺してきて、顔をかすめました。


 はじめは、陽の光かなって思ったんです。

 でも、時間的に森の方から刺してくるのはおかしいなって気付いて。



 そしたら頬がすごく熱くなったんです。

 なんだと思って手で拭ってみたら、べっとり血が付いてて…。


 まだ11歳そこらで、戦闘経験もなかった私は、血を見ただけでもう怖くなっちゃって…。



 腰が抜けて立てなくなってちゃって。

 そしたら、光が刺してきた方向から声がして、誰か来たんです。


 …その人は、いや…獣を従えた、私よりも幼そうなテイマーが、私をじっと見つめていたんです。

 それで、死んじゃうんじゃないかって、怖くなっていたら、いきなり横から特訓してもらっていた魔法使いの人が来てくれたんです。


 そこからは、あんまり記憶がないんです。

 少し覚えているのは、私も反射的に覚えたての魔法で戦っていたこと、そのテイマーの子がアンデッドを生み出していたこと、それと…。



 ……コノート村が、私の故郷が…襲われたことです。



 …私は、故郷が襲われている様子を、ただ見ることしかできませんでした。

 何も、力になれなかったんです。



 落ち着いた頃には、村は目を向けられないほどの惨状でした。

 瓦礫や血が流れているような状況のなか、私は1番見たくないものを見てしまいました。



 …それから、私は本当の意味でひとりぼっちになりました。

 血縁のある人は完全にいなくなって、本当に、私だけになってしまいました。

 


 





 –––







 途中から涙を流しながら言葉を紡いでいたイーファちゃんの前で、情けないことに、俺は何も声をかけられなかった。

 軽々しく聞くべきじゃなかった事実。


 過去のトラウマを、掘り起こしてしまったと言う罪悪感。

 何より、アンデッドが大量発生して危険だから倒す、っていうノリだと思っていたのに、その後ろに生み出している奴がいると言うことが、俺にとっては驚きだった。


 話の中で、テイマーと表現していたけど、どちらかと言うとネクロマンサーだ。

 アンデッドを操る敵…そして、イーファちゃんだけじゃない、村全体に因縁のある相手。


 今でこそ襲われた形跡に気付かないくらい平和な村に見えていたのに、少し遡るだけでそんな過去があった。

 これ以上、首を突っ込む問題じゃない。


 

 問題じゃない、ってわかっているのに。

 目の前に、俺が聞いてしまったとはいえ、無理をして過去を打ち明けてくれた子がいる。


 その顔を見て、はいそうですかと無視できる人間じゃ、俺はなかったらしい。


 俺にも戦わせてくれ。

 その言葉は、考えるよりも先に出ていた。



 彼女は少し驚いたように、俺の顔を見つめた。

 だけど、またうつむいて涙をポタポタとこぼしながら、また泣いてしまった。


 「酷いこと言っちゃうけど…イツキさんじゃ無理ですよ…確かに助けてくれた恩人ですし、信じたいけど…。」



 …そりゃそうだ。

 あの時も、無策で助けに行って、なんとかうまく行っただけ。

 それ以外は、剣も魔法も満足に出来ていないような、戦いとして素人なのがハッキリわかる。



 そんな人間を、すぐ信用して欲しいなんて、戦うなんて言われても、信じられるわけがないよな。

 …それでも、目の前の子を見捨てるつもりはない。

 泣いている子から目を背けられるほど、俺は薄情者にはなれない。


 …それに、俺は早く魔王を倒さないといけない。


 森林にいる強そうな敵を倒せないようじゃ、生きているうちに魔王を倒すなんて絶対に無理だ。

 強くならないといけないんだ、人を守れるくらいに。


 …ここで命はってでも助けないと、絶対に今後後悔する。

 だから…。



 「絶対に倒すよ。君に頰の傷一つすら付けないくらい、強くなるから。だから信じて欲しい。」

 


 ひざまずきつつ、目線を合わせながら言った。

 今すぐ信頼されなくてもいい、信じられなくてもいい。


 この言葉が嘘にならないよう、俺は努力し続けるだけだ。



 彼女は呆気に取られたようにぽかんとこちらを見つめると、少ししてふふっと笑顔を見せた。


 「なんだか王子様みたいですね、イツキさん。」


 「…カッコつけすぎたかな?」

 

 「…いーえ。イツキさんって感じでしたよ?」


 「そ、そっか…。」


 「…さっきはごめんなさい。やっぱり…信じます。イツキさんは、命の恩人だから。」


 そう言うと、膝に置いていた俺の手をぎゅっと握ってきた。



 「強くならないとですね、私も、イツキさんも。」



 俺は、力強く頷いた。

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