Ep.3 - 魔法とは -
同じ日の昼下がり、家事を終えて少し素振りをしていると、カーキ色のカーディガンに、膝くらいのスカートに身を包んだイーファちゃんが現れた。
旅人の服のような感じで、ちょっとフリフリなところもオシャレだ。
「これ、傭兵団の仕事に時に、よく着るお気に入りの洋服なんです!」
「うん、似合ってると思う。」
気合を入れてきてくれたのがよくわかる。
早速、魔法について教えてもらうことになった。基礎から知りたいとお願いしたら、魔法の知識から教えてくれることになった。
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「まず…魔法は主に、五つの属性を中心に構成されているんです!さっき私が見せた風魔法もその中の一つで、他には火、水、氷、土があります!」
「うん…それはみんな好きなのを選んで使っている感じなの?」
「んー...そういう人もいますけど、それができる人は魔法に才があるのがほとんどです。
やっぱり、はじめは自分の出力に見合った魔法の属性や種類を探す方がいいと思います!魔法の再現性とか、難しいことは学校で勉強できるみたいですけど…」
つまり、適正のある魔法の属性を見つけて、感覚に落とし込む作業が必要らしい。
多分、元の世界でいう体育の存在があるんだろうな。魔法学みたいなのを、勉強しているうちに身につけていくっていうのがありそうだ。
「本当ならイツキさんにいろんな魔法を試して欲しいんですけど…私は風魔法しか使えないし、ここに魔法使いの人は私以外いなくて。」
「でも、風魔法は五大魔法の中でも1番修得がしやすい魔法ですし、必要な魔力もそこまで多くありません!」
熱心な説明を聞いた俺は、風魔法を教わることにした。
修得しやすいというのに惹かれた…というのが本音なのは内緒だ。
「じゃあ、魔法の使い方…魔力の制御の仕方から説明しますね。」
「制御の仕方…?」
「魔法は、空気中に存在する魔力の元、魔素を魔力に変換させて、魔法として発生させるんです。」
話を聞くと、無意識に取り込んでいる魔素というものを意識できないと始まらないらしい。
おそらく、魔素は酸素と同じような存在で、見えないながらも体内に取り込まれているわけだ。
だからといって魔力切れがないというわけではなく、魔力ストックが切れたら体に蓄える時間は必要になるらしい。
血液の流れというのは、手首や胸に手を当てればなんとなく感じることはできる。けれど、魔力なんて元の世界でなかったものだから、想像がつかない。
「試しに…吸った空気を、手足の先まで流すようにイメージしてみてください。」
力を軽く抜き、手足を意識し、深く呼吸する。
酸素の行き渡る感覚に近いだろうか、そんなイメージで試してみる。
「薄っすら見えてきたような気はするけど…まだよくわからないや。」
何か掴めそうな気はする。けれど、それは掴めそうで掴めない物体みたいに、逃げていくように薄くなっていく。
そのあと、何度かコツを聞いて試したものの、魔法を使うどころか、魔力の感覚をとらえることが出来ずにその日は終わった。
しかし、次の日、そしてまた次の日にも時間を作ってもらって特訓したが、一向に感覚をつかめなかった。
–––
彼女いわく、魔力は魔法以外にも体力を強化したり、植物の成長を促すなどいろいろなことに使えるという。小さなころから遊びの一環として魔法を使うことが多いので、完全な魔法として使えなくともコントロールはできることが多いと言っていた。
だから、俺みたいに全くコントロールができない人間はほとんどいない。
イーファちゃんは、耳元のはねた髪を指でくるくるといじりながら、どうにかならないかと悩んでいた。
「捉えきれてないのかな…あ、そうだ!」
ふとイーファちゃんは思いついたように顔を上げると、俺の手を貸してほしいと頼んできた。
手を伸ばすように差し出すと、ぎゅっと手を握るように繋いできた。
「私が魔力を流すので、その流れを探ってみてください!」
突然女子に手を握られ、反射的に後ずさりしてしまう。すると、彼女は一瞬驚いたようにこちらを見つめると、すぐに目線を逸らした。
「あっ、すみません…いきなり手握るのって、あんまり良くないですよね…」
声のトーンを落としながら、うつむいて苦笑いする彼女を見て、居ても立っても居られなくなってしまった。
「あっ、いや…人と手繋ぐの慣れてなくて…ちょっと驚いちゃっただけだよ…はは。」
嘘はついていない。ただ驚いたのもあるし、女の子に手を握られる経験がなかったからっていうのも…なんて事を言うのはよそう。自分の交友関係の狭さに泣くことになりかねない。
「…! そっか…よかったです!」
いつもの笑顔が戻った彼女を見て、安堵した。
そして、再度お互いに手を握り、魔力を流してもらう。
指を絡ませて、簡単に離れないようにぎゅっと力を込めて握る。
側から見たら恋人繋ぎだ、恥ずかしすぎてイーファちゃんの目を直視できない。
長い静寂を切ったのは彼女からだった。一声かかると、その瞬間に指先が少しだけ熱を持つような感じがした。
その熱は手首の方に流れると、そのまま体全体に素早く伸びていった。
言語化できないが、絶対にソレだという確信が俺のなかに生まれた。
手首を圧迫して離した時の、血の温度差で流れを感じるイメージのような。
いや、それ以上に得体の知れぬ感覚が通った。
「な、なんか行けそう!」
「そのまま手を前にして 放つぞー って、念じるようにしてみてください!」
言われた通りに手先に力を込めて前に出す。指先に力が入りそうになるのを抑えて、さっき感じた何かを動かすようにする。
無意識に腰が落ち、少し構えたような体勢になる。力が適度に抜けていくのと同時に、手のひら辺りに熱がこもるようになり始めた。
熱の発生と同時に、手のひらに一瞬黒紫のモヤのようなものが見えると、すぐに緑がかったオーラのようなものに変わった。
そのオーラはだんだんと色味を増し、それと同時に手にかかる感覚も鮮明になってくる──。
「今です、撃ってください!!」
手のひらに集まったものを吐き出させるように、撃つぞ意識を最大限してみる。すると、手のひらからため込んだ熱が一気に逃れていくのを感じた。
手先が薄く光り、目の前の草が少し揺れたかと思うと、その葉たちは風に連れられて大きく踊るように揺れた。
言われなくともわかる、これが魔法だ。
このエネルギー、つまり魔素を放つ感触は、元の世界では感じることのなかった感覚。
初めての風魔法。いいな、魔法。
初級攻撃魔法の、ウィンドという風魔法のひとつらしい。
余韻に浸っていると、イーファちゃんが目を輝かせぴょんぴょんと跳ねながら、魔法の説明をしてくれた。
「ウィンドは攻撃魔法のひとつですけど、用途としては攻撃よりも移動とかによく使います!」
例えば、物を風で飛ばしたり、足元に放って擬似的な浮遊をしたりと、攻撃として使う強さはないものの便利な魔法のひとつらしい。
中級魔法になれば、上位互換であるハイウィンドという攻撃重視の魔法もあるらしいが、それはまたおいおい考えていこう。
とにかく、俺でも魔法が使えるんだっていうことが分かってよかった。
この感覚を忘れさえしなければ、あとは魔法を覚える努力をすれば次第に成長は見えるだろうし。
イーファちゃんには頭が上がらないや。
まだここに来て日も経っていない知らない人なのに、ここまで親切にしてくれるなんて。
…ま、とりあえず。今学んだことをしっかりと覚えておこう。
これからまた特訓だ。