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氷使いの日常  作者: おおかみ裕紀
第1章 コノート村編
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Ep.2 - 特訓 -


 日の出の少し前、俺は目が覚めた。

 まだ外は暗い。何人か出店やら自分の畑やらの作業をしている人もいるが、村はまだ起きていない。


 部屋の中がまだ月明りに照らされているうちに、立て掛けた木刀を手に取り、2階ほどの高さを窓から飛び降りる。

 正面から行くこともできるが、他の人はまだ寝静まってる頃だ。なるべく音を立てずに出た方がいいだろう。


 ここに運び込まれた時に決めたことがある。それは、毎朝の鍛錬だ。

 傭兵団拠点の裏の方にある裏庭的な土地を、誰もいない朝にこっそり使わせてもらっている。

 イーファちゃんに聞いたところ、傭兵団の人がここに来るのは、早くても日が出てからと言っていた。

 それまでに、無心で自分の特訓を済ませる。


 まずは体をほぐすための体操、そして軽く走り回ってから剣の特訓に入る。

 筋トレは午後にやると決めてるんだ。まあ、なんかこだわり的な感じで。カッコいいから。


 今は木刀を振って、筋肉痛にならない程度まで体を慣らさないといけない。

 縦振り、横振り、そして斜めに。


 やり方が合ってるかわからないので、誰かに聞けたらいいが、まだまだ交友関係が構築できていないのでしばらくは自主練だ。

 対人特訓ができないのは不安だが、傭兵団の人に頼むのも気が引ける。命をかけて戦っている人に、素人が頼んで教えるっていう余裕はないだろうし。

 

 とにかく、朝は一日の体力を使い切らない程度に体を動かす意識でやっている。

 昼は家事炊事の手伝いがあるから、そのときに動けなくなったら仕方がない。


 まだ初めて1週間程度だが、抑えていても運動不足の体には堪えている。筋肉痛が常時残っている感覚なので、結構つらい。足や腕もいつもより上がらない。


 でも、今の俺は井の中の蛙状態だ。

 魔王を倒すためには、村の外に出ることは必須。外にはどんな敵がいるかわからない。そんな状態で、魔王討伐を掲げてもなにも説得力がないんだ。


 今の俺はこの世界についても、生き抜く力すらない。実力をつけて、とにかく与えられた役目をこなさないといけない。

 剣の技があるわけでもなく、魔法も使えるわけじゃない。…行けるだろうか。

 結局素人だから、何をすると正解かがわからない以上、がむしゃらに努力するしか今はないけど。


 せめて剣を振れる、せめて魔法を使えるように。誰かを守れるくらいには、自分が強くならないと。

セオリー通りなら魔王討伐なんて、人間一人でできる芸当じゃない。実力だけじゃなくて、人望とかそのへんもなんとか…いや俺人と話すの苦手だし…。

 道のりは長いな…。

 


 「あ、イツキさん!」


 色々なことに頭を悩ませていると、洗濯かごを抱えたイーファちゃんが声をかけてきた。


 「朝早くからお疲れ様ですっ。ここ最近ずっと頑張ってますね!」


 「ああ、うん。こうでもしないと、体がなまっちゃうしね。」


 このルーティンを始めてから、朝方によくイーファちゃんと顔を合わせることが多い。

 ここに来てから1週間、彼女ともほどほどに話せるようにはなったように思う。


 初対面でこそお互いうまく話せなくて大変だったが、最近は慣れてきたからか、だいぶ話す機会も増えてきた気がする。生きてる時は、女子と話すなんてとんでもないレアイベだったから今の環境は新鮮だな…。


 「それにしても、イツキさんは剣士志望なんですか?魔法の特訓とかあんまり取り入れてないのかなって。」


 洗濯物をパタパタと広げ干しながら、話しかけてくる。


 「あー…恥ずかしい話なんだけど、俺さ…魔法の使い方をよくわかってなくてさ…」



 そう、ここに来てからずっと剣の練習と並行して魔法の特訓もしてみたのだが、剣はともかく魔法に関しては使う感覚がわからず何も得られていなかった。

 だからもう剣一本でもと思って、魔法の練習をあまりしていない。



 「魔法を…いやいや、だめですよイツキさん!魔法はとっても大事なんですよ!」


 そう強い口調で、イーファちゃんは俺を咎めた。


 洗濯かごを端のほうに置くと、手のひらを地面に向けてなにかつぶやき始めた。

 すると、何もない空間から突然、杖が姿を現した。


 


 「うぉっ、何それ」


 「えへ、収納魔法です!…あ、そっか。記憶がないんでしたっけ。これは…」



 収納魔法。

 魔法で作った空間に物を収納できる、初級魔法というやつらしい。


 収納の広さは本人の魔力量というものに比例するらしく、並の剣士なら剣数本程度、魔法使いなら結構なんでも入れられるくらいにはあるらしい。


 「て、これを教える訳じゃなくて。イツキさんには見せたいものがあるんです!見ててくださいね。」


 そう言うと、杖を大木の方に向けて、何かをつぶやき始めた。

 その声と同時にあたりの草木が騒ぎ出し、明らかに雰囲気が変化した。


 「…雄大な自然の源より、我に風の力を与え給え……」


 声が途切れた瞬間、音がなくなったと思えば、草木がぶわっと叫んだ。それとほぼ同時に、目の前の大木がさらに大きく揺れた。

 そして、木の肌には無数の葉っぱが襲っており、その表面をズタズタに傷つけていく。


 そして、数秒経ってやっと収まると、イーファちゃんはこちらに笑顔で振り向いてきた。


 「これが、魔法です!」



 自分の考えていた魔法よりも、圧倒的に迫力があった。

 

 迫力のある魔法というと、だいたい老人が若造に見せつけるために放つイメージで、若造は力の差を感じて上を目指す…みたいな展開で披露されるのがセオリーだと俺は思っていた。


 正直、舐めてた。小さな子だからと。

 勝てない。傭兵とはいえ、まだ中学生くらいの年齢の子が、ここまでできると言うなら、俺は習得するのにいくつもの時間がかかるのだろうか。

 

 …間近で肌に感じているからこそ、こう思った。



 「…すごいね、イーファちゃんは。」


 

 気づけば、手にある木刀は地を這っていた。


 「…イツキさん?」


 …彼女の濁りのない視線が俺に刺さる。

 一瞬、俺にできるのかと言う強い不安が襲った。


 …いや、でも。彼女の努力がどれほどかはわからないけど、学ぶことに年齢は関係ない。

 彼女が俺にもできると言うなら、多分できるんだろう。…未知の領域すぎて信じられないけど、彼女の言葉は信用できるはずだ。


 「…ううん、大丈夫。あのさ…もしよければ、時間のある時でいいから、魔法を教えて欲しい。」


イーファちゃんは少し考え込むと、洗濯かごを抱えなおして言った。


 「わかりした! この1週間、お休みをもらってたので、せっかくならみっちり特訓しちゃいましょう、ね!」



 そう言うイーファちゃんの目は、なんとなく輝いて見えた。


 「お手柔らかにお願いします…。」

 


 

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