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氷使いの日常  作者: おおかみ裕紀
第1章 コノート村編
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Ep.1 - 転生、そして初めての出会い -


 薄らとした明かりが、まぶたの上から差し込む。




 どれくらい眠っていたのだろうか。手足の動きは泥の中に沈んでいるかのように、鈍い。


 目ヤニが接着剤みたいに邪魔をして、目を開けようと力を入れてもまぶたは動いてくれない。





 無理やり指を使って目を開ける。突然、心地良い陽の光が直接目に差し込んできた。




 そこには、見知らぬ天井があった。


 周りを確認しようと体を起こして見渡す。高そうなベッド、そして木製の机やイス、そして収納などなど。




 まさか、本当に俺は転生した…らしい。


 明らかに日本とは違う雰囲気は、別世界なことを如実に表している。




 けれど、ここは一体どこなんだろう。


 壁にカレンダーやポスターが飾ってあるわけでもなく、本当に来客用の部屋って感じの場所だ。




 どこなのか…は聞いてもわからないだろうけど、この辺りがどんな場所なのかは見ておかないといけないはず。




 外に出てみようとベッドから立ち上がろうとする。


 すると、横からドアをゆっくりと開ける音がしたと思うと、見知らぬ少女がぽかんとした顔で立っていた。




 その背丈は大体中学生の平均よりは低いだろう、見た目は薄い黄緑色をポニーテールに結わえており、顔立ちは小動物的。




 クラスにいたらひそかに人気があるタイプの印象だった。




 お互い、少しの間見合って硬直する。





 「…あ、起きてたんですね。体は…大丈夫ですか?」




 「あ、うん。特に痛いところもないし、大丈夫だとおも…いてっ…」




 大丈夫と言おうとすると、左足に捻ったような痛みを感じた。


 彼女が心配の顔を覗かせたので、多少痛みはありつつも大丈夫だと伝えようとする。




 すると、彼女は持っていた食器をベッド横の机に置くと、俺の左足に手を添えて何かをつぶやき始めた。




 「…天使よ、彼に大地の恵みを与え、傷を癒やしたまえ………。」





 すると一瞬のうちに黄緑のような光が現れ、体の疲れや痛みが取れる感覚がした。




 「あ、いきなりすみません…。もしかしたらと、無理していないか心配だったので…一応治癒魔法をかけておきました。」




 治癒魔法という聞きなれない単語。


 前に読んだライトノベルでも、同じようなものが出ていた記憶がある。


 ここは魔法のある世界ってことか。




 正直、まだ夢なんじゃないかって疑っていた。




 けれど、夢じゃない。


 天使と出会ったことも、何もかも。


 本当に、別の世界に来たんだ。





 「…あ、ありがとう。あの、ここは…?」




 「あ…ここは、私たちの活動拠点です。あ、でも拠点といってもほとんど家みたいなものなので…。」





 どうやら、ただの民家ってわけじゃなさそう。


 活動拠点っていう話ぶりからして、何らかの仕事場所に近いのかも。


 




 「すみません、村の外で倒れていたので魔物に襲われたのかと思って。急いで運び込んだんですけど…色々困惑してますよね…。」





 おどおどと口ごもらせている彼女は、少し息を整えてから説明をしてくれた。




 まず、この場所はナトラ大陸・・・・・というところの南にある、コノートという小さな村らしい。


 栄えている中央の街とはかなり離れており、比較的魔物の多い北のほうとは違い、平和だという。




 彼女はイーファと名乗った。


 今年で15歳、すでに村を守る傭兵として、傭兵団に所属しているという。




 活動拠点って言い方をしていたのは、ここが傭兵団のアジト的な場所だからか。


 剣をこさえたイカつい男が出てきて脅されたりするのかと、一瞬ビビりはしたけど…彼女の振る舞いからして、そんなことはないと思う。


 それに、やらかしたわけでもないし。


 


 この世界では、こんなに若いうちから命を張って仕事をするのか…。


 魔物の存在がある以上、戦わないと生きていけないからっていうのもあるのかもしれないけど、こんなに若くして、命をかけて働くっていうのが俺には驚きだった。





 「そういえば…あの、あなたはどこから来たんですか?」





 彼女の質問に、素直に家の住所で答えようとしたが、ここが別の世界なことを思い出す。


 知識がない以上、無理に地名を考えて取り繕うより、ここは記憶喪失を装ったほうが無難だろう。





 「ごめん、目を覚ます前のことは何も覚えていなくて…。」




 「…そうなんですね。じゃあ…家のこととかも…」




 「うん…どこに住んでいたのかも、覚えてない。」





 側から見たら、苦しい言い訳にしか見えない気がする。


 一言、俺は異世界から来た人間なんです、そう言えばまた違うかもしれない。


 でも、こういう言い方をして、変な人だと疑われても大変だし…。




 それに、中途半端にラノベをかじっていた俺は、異世界の人にそんなメタいことをいうわけにはいかないという、謎のプライドが働いていた。




 「あ、そうだ。お腹がすいていると思って、ご飯を作ってきたのですが…さめちゃいましたね。余計なお世話でしたよね…。」




 「え、いや、嬉しいよ!ちょうどお腹空いてたから!」




 まくし立てるように言われたので、少々驚きつつも食事を貰うことにした。


 すごい一気に喋っちゃったな…驚かれてないといいんだけど…。




 さっき持ってきてくれたお盆を受け取ると、上には七草がゆのようなものや、焼き鮭のような魚など、さめているとは思えないほど、おいしそうなにおいを放つご飯たちが並んでいた。




 「それじゃあ、いただきます…」





 木製のスプーンを使って、一口おかゆを口に含む。


 驚いた。優しい味付けなのに、すごく満足感がある。不思議と俺は、彼女の目も気にせず並べられたご飯をぱくぱくをほおばっていた。




 まるで、実家で食べていたような、暖かくておいしい味だった。





 「…おいしい。すっごく美味しいよ。」




 無意識に、ふとそう呟いた。




 「よかった…!お口に合うかわからなかったのですが、よかったです。」





 そういって、彼女は少し口をはにかませて笑った。






–––







 


 


 ご飯を食べ終えると、彼女は建物の中を案内してくれた。本当にこの建物は傭兵団の本拠地らしく、腰に剣を携えている人と何人か出会った。


 意外と傭兵といってもいかつい人だけでなく、温和そうな人も結構いた。





 「そうだ、えっと…お名前を聞いていませんでしたね。名前は…」




 「あ…えっと、すず…いや、イツキ。呼び方は何でもいいよ。」





 本名は名乗ってはいけない、さっきと同じ謎のこだわりがあった。


 そんな感じでいろいろと話していると、ふと背の高い白髪の男性から声をかけられた。





 「お、目が覚めてたのか。体は大丈夫か?丸腰で倒れていたから何事かと思ったぞ。」





 ガタイの良いその人物は、この傭兵団の指揮を執っている団長、シュルク・フューラーと名乗った。


 携えている剣はほかの人より少し大きく見え、明らかに強そうな感じがする。





 「あ、団長さん。この人は…」





 彼女がさっきまでの話を団長に伝えると、団長はこちらを見ると怪しむような目つきをした。


 確かに、いくら丸腰とはいえ、突然拠点に変な人が来たら、怪しむのは当然だ。


 空気感に耐えられず、なにか言葉を発そうとする。




 「あ、あの…」




 「団長さん!確かに身元はよくわからない人ですけど、別に怪しい人には見えないでしょ?」





 そういわれた団長は、神妙な顔つきから二カッと顔色を変えると、突然ガハハと笑った。




 「いやあ、悪い!ちょっと試しただけさ。イーファに手出してないかと思ってな。」




 「ま、気弱そうだし出せるとも思ってないけどな!ははは…」




 ムッとするイーファちゃんとなだめて、今度は真面目な面向きで話し始めた。





 「…で、記憶がないんだってな。てことは身寄りもないだろう…どうだ、しばらくうちで過ごすなんてのはどうだ?」




 「もちろん、家事炊事の一部はやってもらうがな。」





 なんとも好条件の提案だった。


 正直、目標は魔王…を倒すことだが、外から来た俺がすぐに倒せるものじゃない。


 少しの間でも、ここで色々学ぶ時間が必要なはずだ。この世界について知る時間も必要だしな。


 この世界の魔法とか、そういう知識も習得しないといけないだろうし。




 「じゃあ、お言葉に甘えて。ありがとうございます!」




 「よかったですね、イツキさん!」





 なんとか住居の問題は解決できた。


 ここに来て野宿はさすがに危ないだろうし。




 なんとか、ここでも頑張ろう…。





 …俺も魔法とか使えるのだろうか。




 …認識が間違っていなければ俺も魔法は使えるはず。あとは、俺の努力次第。あくまで俺の目標は魔王討伐。




 遠い目標だな、魔王とかいうラスボスを、突然出てきた人間が倒すなんて、正直現実的じゃないはず。


 そんな簡単に倒せるなら、もう誰かが倒している。俺である理由、俺が選ばれた理由。





 剣技だって、魔法だって、いろいろと1から学ばなきゃいけないことがたくさんある。


 まだ俺は冒険のスタート地点にすら立てていないんだ。


 それなら、俺のすることは一つ。




 俺は、ベッド脇のあるものが目に入った。


 部屋に立て掛けてあった木刀を手に取り、なんとなくそれっぽい構えをしてみる。


 縦に振る、横に振る、そして斜めに振る。


 イメージと違う。踏み込み方も、スピードも。





 俺には今の段階ではなんの力も持っていない。


 それなら、土台作りだ。俺は今日から毎日朝と夜中にこの木刀を振る。

 俺の新生活は、剣の鍛錬から始まることになった。

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