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氷使いの日常  作者: おおかみ裕紀
第1章 コノート村編
19/42

Ep.18 - 自分のできる限り -

 (グラン視点)



 風を切る音と共に、後ろに人の気配がなくなったのを感じる。

 イツキの野郎は結構強情なところがあるから、俺だって戦えるなんて言ってたらまずったが…正しい判断をできる人間で助かった。


 横目で見た時、イーファは肩だけでなく胸辺りまで魔法を受けていた。

 何かしらの魔法を使って相殺しようとしたんだろうが…詠唱無しの魔法かつ上級クラスの魔法を受け流すには、力不足なのは明白だった。

 現実、多少流せたもののほぼ直撃みたいなんで、あれは多分片方肺にダメージがいってる。

 魔法使いにとって肺が使えなくなるのは致命的だ。詠唱ができなくなるのと、息を満足に吸収できないから魔力調整がバカみたいに雑になる。


 あのスクロールを使えば、肺の損傷自体は抑えられるだろうし、危篤状態になる可能性は低くなるが、痛みはある程度残るだろうな。

 …ここは俺1人で凌ぐしかない。

 加勢も期待したいが…周りに人気はなさそうだ。


 この突然変異のウルフみてえなヤツに、白髪の幼女…多分こいつが、団長の言っていたヤツだな。

 テイマーなんて珍しいもんだよ、戦ってる側としては人様のペット攻撃しなきゃいけないなんてクソみたいな条件押し付けてくるしな。

 動物好きからしたらたまったモンじゃないねホントに。

 ま、イーファの親の仇といったらはたいそうな大義名分だなって笑われるだろうけど…。

 

 「…なあ、俺らは初対面なんだし、自己紹介でもどう?」


 「…殺意むき出しで言われても……まあ、いっか…。

  私の名前はエストフィア……この子は、私の友達のルプス。」


 「エストフィア、ね…単刀直入に聞かせてもらうけど、ここ最近のアンデッドが大量発生したってのは、アンタのせいだったりするのかな?」


 さっきはハッキリとしていた殺意が、今は全く感じられない…。


 「……何を言っているのかわからないけど…確かにここ一帯のアンデッドを甦らせたのは私。」


 「ま、十中八九あたりってとこか…。

  さて…アンタの要求はなんだ?

  邪智暴虐の限りを尽くしておいて、なんの大義名分もなく森林に巣食ってるなんてのはないだろ?」


 「……わからない。

  私は、ただ命令されているだけだから……。」


 命令か。

 命令って言うと、契約魔法の類か…。

 話しぶりからして、命令されている以上の事柄以外に興味はなさそうだな。

 つまり、自発的な動機ではない…。

 コイツはあくまで、操り人形ってわけだ。


 てことは…確実に裏がいる。

 思ってたよりも組織的に動かれている可能性があるってことね…辺境の村の傭兵に課せるクエストにしては重すぎる気もするが…。


 「これだけは聞いておかないとな。

  アンタ、コノート村って辺境の村を襲った記憶はあるか?」


 「……襲ったよ。

  そうしろって…言われたから。」



 …まるで生気を感じない瞳。

 まだ幼そうな子供に、剣を振るうってのは俺の正義に反することではあるが…。

 後輩のために戦わないのは、もっと気に食わないしな。


 「悪いな、じゃあ戦わせてもらう」



 俺は言い切る前に、握っていた剣の刃を地面に思い切り突き刺し、魔法詠唱を開始する。

 相手がデカい獣ときたもんで、刃が通るか一瞬考えたが…。

 ……俺の太刀に、斬れないものはない。


 「火神流…焔の太刀(ほむらのたち)!!」




 ───




 (イツキ視点)



 走り始めてからどのくらいの時間が経っただろうか。

 かなりの出力で身体強化を使ったから、魔力の抜け感も大きいし何より足が痛い。

 実質反動技ってのが、やっぱりネックだ。


 イーファちゃんの状態は…痛みが強いのか、すごくつらそうだ。

 スクロールを使ったことで傷は完全に塞がったから、見かけは万全に見える。

 ただ、さっきから苦しそうにしている。

 多分、傷自体は治っていても、体力的な消耗と、内部へのダメージが大きかったんだろう。

 よく見たら服は胸辺りまで焼け跡のようになっていて、幸い肌に跡が残っている様子はないけど、その痛々しさは衣服が物語っている。

 


 イーファちゃんはしばらく動けないだろう。

 どこか安全な場所に寝かせて、救援を待つのが得策だとは思うけど…。

 …どうしても、グランさんが気になる。

 あっちは実質2人の相手をしているわけで、いくら実力派であろうとマルチタスクは楽な仕事ではないはずだ。


 どうする、一応指を潰す覚悟でなら3回まではウインドバレットを撃てる。

 乗っている少女相手なら、多少ダメージを与えることはできるかもしれないけど…威力減衰のない距離まで近づける気がしない。


 …ああくそ、いくら俺でも何かできることがあるはずだ。

 頭を悩ませていると、突然イーファちゃんがゲホゲホと咳き込みながら体を起こした。


 「ちょっ、無理しちゃダメだよ!!」


 「私は大丈夫ですっ…ゲホッ…。

  傭兵にこういう怪我はつきものなので…。

  それに…急所は逸れてたみたいなので、まだ動けます…。

  まだ…副団長さんを助けに行かないと…。」


 「尚更だよ!!

  負傷者のイーファちゃんが無理して行っても、共倒れになるかもしれないんだよ!?」


 「それでも…私はあのオオカミと女に…!!」



 やっぱり、あの女の子はイーファちゃんの因縁の相手…村を襲った張本人で間違いないらしい。

 思ったより強情…というか、責任感が強いからか、本気で行こうとしている。

 無理やり止める…ってのは難しそうだ。

 力づくでなら、手負いの女の子1人を止めるのは容易だ。

 でも、そうしたとして…せっかく恨みを晴らせる場なのに止めたら、俺は彼女との約束に背いてしまうんじゃないか。

 


 …あのとき俺は、イーファちゃんを、彼女を守れるくらい強くなるって決めた。

 今こそ、その発言の覚悟を見せる時じゃないのか。

 守るって決めた、頬に傷1つ付けないくらいに強くなるって決めたんだ。

 立ち向かう心無くして…強くなれるわけがない。


 そのためには…。


 「わかった。イーファちゃんは俺がグランさんのところまで連れて行く。

  ただ…その代わり……」


 俺はあることを彼女に耳打ちすると、少し驚いた表情を見せたもののすぐにうなづいてくれた。

 俺はイーファちゃんをおんぶし、まだ痺れの残る足に魔力を溜め込み走った。





 ───



 (グラン視点)



 火神流、焔の太刀。

 俺がまだ放浪していた時に、ある火神流の剣士から教わった技。

 体内の魔力を、魔力を溜め込める魔導具代わりの剣に流してその刀身に炎を纏わせる。


 殆どのヤツを一撃で終わらせられる、火神流特有の高い殺傷力を持った剣技。

 剣技にしては斬るというよりも、焼き尽くすといった表現が正しいだろう。

 振るたびに火の粉が飛び散り、その火は延焼しあたりを焼き尽くす。

 本来強みのはずだが、森林で使うには相性最悪だ。

 けど、出し惜しみができる状態でもない。


 後ろには2人がいる…さっさと片付けて、仲間に合流する、これが俺の理想だ。


 「てなわけで…手加減なしでやらせてもらうよ。」


 「…お手並み拝見……。」



 ヤツがオオカミに何か指示を出しているのを確認し、剣先を相手に向けるように構える。

 おそらく、主な攻撃はオオカミが行ってくると見た。

 魔法使いのイーファに対しては、上のヤツが魔法を見せていたが…剣士の俺相手なら、魔法を使わずとも接近戦を主体にしても勝てるだろうという算段を立てていてもおかしくはない。


 もちろん、魔法を全力行使して戦ってくる可能性も否定はできないが…このオオカミ、魔物の大きさは人為的にデカくされていると考えた方が妥当だ。

 今までも色々な人間や魔物に出会ってきたが、素でここまでデカいのは巨人族のヤツくらいだ。

 となると、上のヤツがオオカミに対して、支援魔法を使って巨大化させていると考察する。


 支援魔法は相当な魔力を要するもんだから、そう何度も攻撃魔法を撃ってくるとは考えにくい。

 最も、彼女がとんでもない魔力を秘めていたら、俺は負けてしまうけど。


 そんなことを思考していると、とうとうオオカミはこちらへ向かって走ってきた。

 あの毛並み、おそらく斬ろうとしても刃が通らないだろう。

 焼き尽きるまで斬り込んでも悪くないけど…火神流ってんなら、やっぱり一撃狙い撃ちしかないワケよ。


 俺は向かってくるオオカミを直前で上手くかわし、ハラワタにガンガン燃え盛る剣の先を思い切り差し込んだ。

 グサリと肉を刃が進む感覚。


 「内部からコンガリと、オオカミ肉にさせてもらうよっと!!」


 

 その瞬間、俺は剣に込めた魔力を思い切り解放するように力を込める。

 決まった、内側から爆発させて仕留めた…。

 …いや、なんでこのオオカミは微動だにしない?

 そう思考した瞬間、俺は剣が内側から弾かれるような感覚と共に数メートル後ろの木に思い切りぶつかっていた。

 鋭く走る、打撲感や熱。


 その視界の端には、一撃を叩き込んだであろう箇所が素早く修復される姿が見えた。

 ちくしょう、回復魔法かよ…。


 手応えは確かにあった。

 肉の切れる感覚もした。

 しかし見てみれば、自信を持って切り込んだ箇所はすでに傷が塞がっていた。

 …まあ、上に人が乗ってんのに何もしてこないわけないとは思っていたが、回復魔法と多分支援魔法を両方使えるとは思わなかった。

 なんとか着地すると、ヤツは不思議そうな声で語りかけてくる。


 「…その炎の剣、なかなか危険だね……」


 「ああ、お褒めに預かり光栄…の割には効いてないみたいだけどね……。」



 ジリ貧だな、このまま戦っていても回復があるんじゃ対処法がない。

 そもそも火神流の剣技ってのは一撃必殺みたいなもんだから、この一撃が通用しない時点でかなりの絶望だ。


 …クソ、慢心した。

 もっと冷静になっておくべきだった。

 

 焔の太刀(ほむらのたち)が通用しない今、俺にできることは限られる。

 上のヤツを狙おうにも、おそらく眼前に行く前に下のオオカミに対処される…。

 かといってオオカミに斬りかかっても、すぐに回復されて俺の体力だけを削られる…。


 …どうする、今からでも下がって2人と合流するか?

 いや、俺が有効打を与えられない以上、あの2人にコイツを対処できる技があるとは思えない。

 何か、何かないか…打開する手筈は…。

 


 「…これはどう。」


 「!?」

 

 力なく喋りかけられたのかと気にした直後、今度は捉えられないほどの魔法を撃ち込まれる。

 強い衝撃で一瞬視界がブレると思うと、今度は反射的に目を閉じるような強い光がこちらに向かってくる。

 

 一撃、また一撃…。

 決して重くはない光…だが無数の魔法が、俺めがけて何度も撃ち込まれる。

 ちくしょっ…なんだよそれ。


 「げほっ…灼火斬(しゃっかざん)…!!」


 悲鳴を上げる体を黙らせつつ、魔法詠唱の一瞬の隙をついて、俺は体勢を立て直した。

 足がしっかり地面についてさえいれば、踏み込んで魔法を受け流すのは難しくない。

 もっとも、思ったより重いの食らったせいで視界がパチパチしっぱなしだから、若干剣の走りが悪い。


 そもそも水神流じゃあるまいし、こんな連続魔法攻撃を受け流すなんて芸当は向いてないっての。


 バン、バンと小さい破裂音と共に俺は腕を振り続ける。

 体力勝負なら遅れは取る気はない、だけどこの発射速度が続くようなら、対応する余裕がなくなってくる。

 しかも…しっかり魔力練り込んできてるせいで、当たったとこが抉れてクッソ痛い。

 耐えられると言っても時間の問題だ、今はなんとかなってるだけで、俺だけならこれは耐えることも厳しい

 …イツキに師匠ヅラした手前こんなことを考えるのも情けないけど…絶望的すぎる。


 しばらく耐えていると、突然魔法の出力を緩めて語りかけてきた。



 「…もう終わり?」


 「はは…さあね。

  相性最悪だから、諦めかけてるってところかな…。」


 自傷気味に笑ってみせる。

 情けないこった、イツキは俺の背中を信じていうこと聞いてくれたってのに。

 

 「……そう。

  あなた、もっと強そうに見えたのに。」


 「…俺もそう思ってたよ。

  魔法使い相手に1人で戦うってのは初めてなもんでね…げほっ。

  思ったよりも対処できねえもんだなって、俺も驚いてるさ…。」


 ヤバい、意識が飛ぶ。

 ここで倒れたら、多分死ぬんじゃねーかな。

 クッソ…これなら、4か5人にしろって団長に提言しとくべきだった……リスリアのヤツらなんて、精鋭揃いなんだから……。




 「……なんのつもり。」

 

 

 突然語気を強めながら、何かつぶやくように言われる。

 俺のカードは全部切った、もう何もないのになにを警戒されている。

 …いや、これは俺に対してじゃない。

 先程とは声色が違う、明らかに話しかけるための言葉じゃなかった。

 となると…まさかな。


 ヤツが目線を向けた方を振り向く瞬間、突風のような風が湧き上がるとともに、黄緑のモヤのようなものが俺の視界を通り抜けた。

 驚き、その物体らしきものを目で追うと、その先にはヤツの頬に小さくはない切り傷をつけた跡があった。

 その傷口からは、だらりと血が流れ、確実に負傷させたというのがわかる。


 静けさの残る森林に、葉の揺らぐ音が響く。

 もう一度目線を風の発生源に戻すと、草木に隠れていたからハッキリは見えないものの、杖先から魔力の光を輝かせながら、イーファの杖を使って魔法を放っているイツキの姿があった。


 「すみませんね、言うこと聞けなくて…!!」




 

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