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氷使いの日常  作者: おおかみ裕紀
第1章 コノート村編
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Ep.12 - 大きな焦り -


 剣の特訓を開始して、1週間が過ぎた。

 今日も、いつもと同じようにコバっさんにしごかれながら、必死に木刀を振り続けている。


 元の世界で剣らしいものを扱う場面といえば、剣道が一番メジャーだとは思うけど、俺には剣道の経験なんてなく。

 この世界に来てからずっと、剣を振り続けて適応しようと試みていた。

 そんな頑張りが実ったかはわからないけど、この間のアンデッド騒動では実際に真剣で戦って、アンデッドをなんとか倒すことに成功。


 勢いに乗って、このまま剣豪にでもなれたり…というなろう系な思考をしていたが、やっぱり現実は厳しかった。


 一週間とは言ったものの、何かひとつでも芸ができるようになった…というわけではなく。

 実際の剣術というのは、付け焼き刃でなんとかなるものではないというのを、当たり前ではあるが痛感していた。


 剣の振り方やはじめの構え方は、粗雑ながらも自主練でなんとか慣れさせていたから、なんとかできたものの…。



 「おい、脇が甘いぞ! 剣を持つ位置が高すぎだ!」


 「あと、防御の一つひとつで集中を切らすな! 剣士はその隙を突いてくるぞ!」


 「っ…はい!!」



 …正直、指摘だらけでなんにも成長している実感がない。


 俺のダメなところは、相手の動きを予測できずにほとんど剣を出せていないこと。

 聞くところによると、剣士の戦い方というのは、基本ステップを踏みながら相手の隙を伺い、一瞬で決めるというのがこの世界のよくある考え方と。

 これは、水神流という流派の考え方らしい。


 他にも色々な流派があるが、この動きだけは一部を除いて取り入れられている基礎中の基礎な動きという。


 ただ…いわゆるガードの動きが、俺には全くできなかった。

 その弱点を見てか、コバッさんの特訓は俺がとにかく攻撃を受けまくるという内容になった。


 変わった後の特訓では、基本の型を意識した攻撃の受け方、そして受け流し方をメインに教わっている。


 つまりは、防御的な動き。

 コバッさん曰く、当たり前だが素人が経験者に勝つのは難しい。

 まず、相手の一撃を怯まずに受けて、そのダメージを最小限にできるかが大切らしい。


 …ただ、何度やっても俺はこの動きに慣れることができなかった。

 真剣でやっていたら、ハッキリ言って戦うなとぶん殴られるほどの弱点になるだろう。

 この世界で生きていた、という経験値が、俺に不足しているというのを痛感していた。


 木刀で殴られた跡が、今日も増えていく。


 「…無理だけはしないでくださいね。」


 「…うん。」




 イーファちゃんのヒーリングを受けてはいるものの、この世界の回復はいわゆる自己治癒力の促進に近いらしく、体力がずっと限界に近い俺にかけてもあまり効果が出ないらしい。


 …自身を追い込めている事は、真面目に取り組めている証拠ではあるけど。

 成長速度はいくら血を流そうが泣こうが、周りと一切変わらない。

 こういうのは1年や2年経っていくごとにどんどん変化を感じるヤツだ。


 手にできたマメが痛い。

 あと1週間、少しでも戦えるようになっていたらいいんだけど…。






 –––






 時間が経つのは早いもので、あっという間に1週間。

 約束の日になり、俺とイーファちゃんはいつもの裏で副団長を待っていた。


 「イツキさん、何度も言いますけど…」


 「無理はいけない、だよね。わかってる。」


 「…気持ちはわかりますけど、身体強化は体力の前借りみたいな魔法です。出力は抑えてくださいね。」


 「…善処します。」


 

 お互い、いつも以上に落ち着きがない。

 普段よりも多い口数が、物語っている。


 限界ギリギリまで特訓したかいあってか、シラフでも多少は体を動かせるようになっている…気がする。


 ただ…どうしても、弱点である防御シーンでの、集中を続けることが難しかった。

 1秒に2、3回連続で攻撃が来るっていうのが、頭で理解していても身体が追いついてくれず、相当に苦労してしまったからだ。


 副団長のスピードには多分、対応できない。

 周りの激励があったとて、実力にバフがかかるわけじゃない。

 現実的に勝つ、それなら…この作戦しかない。

 無茶前提しか…。



 そうこうしていると、副団長があくびをしながらこちらに歩いてきた。

 仕事中じゃないから、シャツ1枚に短パンと軽装だ。


 「よっ、早いね君たち。流石にモチベーション高いねー。」


 「…馴れ合うつもりはないですよ。」


 「ま、そうだろうね。 俺も君に合わせておくとしようかなっと…。」


 話しながら副団長は、自分の右手にテープ布を入念に巻きつけていた。

 イーファちゃんから木刀を受け取ると、それを固定するように更に巻きつける。

 

 副団長は慣れた手つきで木刀を振ったあと、全体を入念にチェックしている。

 一振りが風を切るようで、動きが見えない。


 「俺ってば、結構おせっかい焼いちゃうタチでね。 手加減しちゃうかもね。」


 「…それがなんですか?」


 「手加減した俺にくらい、一撃入れてみろってこと。 」

 

 煽りに聞こえるが、この言葉は多分…この人なりの激励ってことだろう。

 ありがたく受け取っておこう。


 準備が終わると、お互いの距離を調整し、審判であるイーファちゃんの合図を待つ。

 距離は十分、お互い走れば数秒経たずに打ち合いになる。


 ただ…あの人の話ぶりを聞いている限り、速攻で初撃を当てに来る、というよりもこっちの出方を伺ってくるはず。

 なら、こっちは合わせて戦う。


 イーファちゃんが俺ら両方に視線を配ると、ゆっくりと手を上げて、スタートを待つ形になる。

 俺は、腰を最大限低くするように構えた。


 狙いはこう。

 身体強化を、今自分が出せる最大出力で使い、一瞬のうちに一撃を入れるという算段。

 まだ慣れない魔法だから、出力を安定させるために詠唱を先にしておく。


 身体強化自体は初級魔法の扱いだから、慣れれば詠唱を省略してもいいらしいけど…。

 なんでかは分からないけど、詠唱した方が効果が高くなるらしいから、今回はこっそり詠唱する方を選択。


 膝下あたりに魔力を流し込む感覚をイメージする。

 まだ慣れないけど、オーバーフローにならないようにだけ注意して…。



 「それじゃあ、始めますよー!」



 気付かれないように口元を腕で隠しながら

魔法の詠唱をして…。

 合図が来る、さん、にー、いち…。



 「はじめっ!」








 –––







 刹那、イーファの目の前には自然発生には強すぎるひとつの風が吹いてきた。

 はじめ、何が起こったのか彼女は捉えられなかった。


 横目でイツキの方向を見ると、既に姿を消していた。

 まさかと思い副団長の方向を見ると、そこには背中側でひざまずきながら、木刀を振り切ったような姿のイツキがあった。



 「まさか、イツキさん…」



 事前に注意していた、身体強化魔法の過剰出力。

 イツキは、左手で足のふくらはぎのあたりを強く抑えていた。



 身体強化魔法の過剰出力、いわゆる自分の実力以上に無理な魔法の使い方をすること。

 本来出せない魔法を無理やり使ってしまうことで、魔力を流した部位に強い負荷がかかる。


 イツキの場合、膝下あたりに魔力を集中させていたため、一時的に強い筋肉痛のようなものが襲っていた。



 

 「イツキさん!!」


 イーファは即座にこの模擬戦を止めたがったが、副団長が彼女に向けて止める手に気がついた。

 副団長は落ち着きを保ちながらイツキに問いかけた。


 「なあ、イツキ。 2週間で得た結果がこれか?」


 「…まだ、途中っすよ…。」


 「実力差は短時間じゃ埋まらない。だから…作戦を考えるってのは正しい判断だよ。」



 「だが…君は教わっていることを今、いくつ使って俺に挑んだ?」



 見下ろすような構図、だが決して副団長は煽りを孕んだ言葉ではなく、イツキに対して向き合うように話す。

 イツキの無謀な作戦に諭すように、副団長は語りかけていた。


 「君がどんな特訓をしていたかは、俺は知らない。けどさ、魔法で負荷かけながら戦おうなんて、魔法使いのイーファが絶対許さないだろ。」


 「それに、そこらの剣士でもそんな教えはしない。そう教える奴がいるなら、それは剣士じゃなくてただの剣を握っただけの素人だ。」



 「俺は…」


 「イーファや剣士の教えが信用できなかったのか? んなわけないな、君は顔つき的にお人好しだ。 さしづめ…独断だろ。」


 「信用してないなんて…思ってません…」


「ああ、わかってるよ。 でも、必死こいて君に教えた側にとっては、突然自傷気味の作戦を独断でやるなんて、見ててどう思われると思う?」



 「…」


 「全部使ってこい。 そして常に思考しろ。 君が培ってきたものは小さなカケラでしかないが、固めれば何かが起こるかもしれない。 さあ立てよ、仕切り直しだ。」






 –––






 模擬戦は一時的に中断された。

 激痛にうなされながらも、俺は副団長の言葉を聞いてなんとか立ちあがろうとしたものの、激おこ顔のイーファちゃんが間に入って止めてきた。


 彼女の顔は、見たことないくらい怒っているようで…そして、悲しそうな感じがした。

 無言でしゃがみ込む俺の前に来ると、目線を合わせるようにしゃがみ、目をじっと見つめてきた。


 「無理しないでって、言いましたよね。」


 「…はい。」


 「身体強化魔法って、無理に魔力を流すと筋肉がぐずぐずになって使えなくなることもあるんです。 いいですか、いまは痛いで済んでますけど、もしもう一回使おうなんてやっていたら、どうなるかわかりませんでしたよ。」


 「…ごめん。」


 「…実力差は簡単には埋まりません。 今すべきことは、やってきたことを全力で再現することです。それには…」



 ヒーリングをかけてもらいながら、イーファちゃんは新しい作戦について耳打ちしてきた。

 …それは、先程のように攻め気で戦おうとするものではなく、もっとクレバーに、習ったことを最大限活用する術だった。

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