表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

月夜

作者: 霞影 絃音

 去年の夏、「都会に飽きた」と言った友達が田舎に引っ越した。

ちょうど一年経った今日を見計らってか、「来いよ」と電話越しの提案に対して二つ返事で行く事に決めた。―――その時の約束を恨む事になるとは思いもよらなかった。

 田舎といえど補装されたコンクリートの地面に、木漏れ日の少ない緩やかな坂道。せめて飲み物が欲しいと周囲を見渡しても、コンビニどころかスーパーは一軒も見当たらない。街灯はぽつぽつとあるだけで、大自然から「昼間で良かったな」と言われているように思える。そんな被害妄想を抱いてしまうほど、暑さと足の痛み、そして喉の渇きに打ちのめされていた。

 駅から何十分経ったか……流石に道を間違えていないか不安に思ってスマートフォンを確認する。メッセージには大雑把な道案内が書いてある。「看板を右」――いくら歩いても看板ひとつ見当たらない。

 圏外を示すマークに溜息ひとつ。

救いなのは二日分の着替えと貴重品のみの軽装だということだけ。

 汗がぽたりと頬から伝って落ち、やっと見えた看板を右に曲がる。平坦な道の先にある森の先に言えがあるのか?そう疑問に思いながらも事前に指示された通り歩き続けた。

 森の中だからか涼しい風が肌を撫でる。微かに聞こえる、重なる葉の音に感じていた不快感が和らいだ気がした。あと何十分歩き続ければ良いのか分からないけれど、景色が変わっただけでも心が軽くなり、地面が少し砂利交じりの土に変わっただけで嬉しく思える。

 場所を確認するために再度スマートフォンを確認していると、ザザッと音を立てて大きな風が吹いた。

 雰囲気が変わったのを直感的に理解し、辺りを見渡せばさっきとは違う光景が目の前に広がっている。広葉樹しかなかったのだが針葉樹が並び、その先に見えるのは現代とかけ離れた洋館。その洋館へ誘うよう、道のように木々は避け、土に混ざっていた砂利はひとつも無くなっていた。

 いくら歩きやすくなった道とはいえ、危機感を覚えた俺は来た道を戻ろうと身を翻す。


「え?」


 思わず驚きから声が漏れ出る。

 来た道は木々に覆われ、道という道がない。驚きから体が上手く動かずに佇んでいると、背後から中性的な声がした。


「何しに来たの?」


 声の主をとらえようと上半身だけを動かして見てみる。小柄に見えるその姿は華奢で、露出している肌は異様に白い。けれど、病的なほどではなく、見ず知らずではあるけれど心配になった。顔は海外のモデルのように整った顔をしている。


「い、いや…」


 どう返したら良いのか分からず、しどろもどろになっていると声を殺して笑われた。


「取って食いやしないから、こっちにおいで」


 もう一度来た道を確認しても状況は変わらず、仕方なく女性か男性か分からぬ人の後を付いて歩く。行先は遠目からでも分かった洋館で、重たそうな扉を軽々しく開ける様に驚きながらも薄暗い館の中に足を踏み入れる。


「久しぶりの来客だから片付いてない所があるかもしれないけれど」


 片付いていないどころか、陽の差す場所を見れば埃ひとつ無い。


「綺麗ですよ」

「それなら良かった。明るい方が良い?」

「いえ、大丈夫です」


 できれば明るい方が良い。しかし客人の身としてワガママを言うわけにはいかなかった。それからというものの、館の中を簡単に案内され、客間と称する部屋に通される。


「確か、友達の家に行く予定だったんだよね?」

「そうです」

「今日はここに泊まって、明日向かえば良い」


 部屋の中で提案される俺に好都合な条件に「お願いします」と願いでる。

それに喜んだこの人は嬉しそうに笑みを浮かべた。


「ご飯とかはこっちで用意するから安心してね。バスルームはこっちにあるから」


 嬉々とした様子で部屋の中を紹介してからすぐに出ていくのを見送る。ラブホテルでしか寝たことのないダブルベッドに腰かけ、そのまま横になれば睡魔に襲われた。


   * * *


 良い香りが館中を漂い、匂いに刺激された脳が働きだす。

瞼を開けると見慣れない光景がそこにあって、驚いた体は上半身を起こした。――ああ、迷い込んだんだ。陽は昇っていたか、他に道はなかったのか、おぼろげな記憶を探ってもなんら解決には導けない。それが嫌え考えていると、ノック音が部屋中に響いた。


「ご飯出来たよ」


 楽し気な声に考えるのを止めて扉の方へと向かう。金色のノブを捻って扉を開ければ、ニコニコと笑う家主が居た。


「えっと…、こっち」


 先を歩いて行く家主に付いて歩き、一日でも居るのだから…と場所を覚えようと見渡す。

掃除は行き届いていて、床も天井も………全てがシャンデリアの光を反射している。太陽の陽が沈む中でのこの光は眩しく感じ、目を細めていると家主がこちらを振り向き言った。


「電気、消す?消しても小さな電球は点いてるから転ぶことはないと思うけど」

「お願いしてもいいですか?」

「分かった」


 家主が了承した瞬間である。―――シャンデリアの明かりが消えた。「え」と声を漏らすと立ち止まる家主に体をぶつけてしまい、「すみません」と謝罪をすると微かに灯る光に反射した目と目が合う。


「体は頑丈だから謝らなくていいよ。あと、このぐらいの方がこっちも有難いし」


 笑みを含んだ声だった。


「じ、じゃあ…、ありがとうございます」


 言葉を選んで言ったつもりだった。

満足を得られなかった家主は視線を外す事無く言う。


「いつまでその口調で居るの?前と同じで良いのに」


 ………言っている意味が分からなかった。今も昔も今日が初めましてだというのに、どうしてそのような冗談が言えるのだろう。

しかしその真剣な眼差しは冗談を言っているようには思えず、理由を探ろうと口を開けばやっと外された視線。


「今日のご飯は生姜焼きっていうのと、鮭?っていうのとどっちがいい?」


 嬉々とした声に戻ったのに何故か安堵する心。


「生姜焼きですかね」

「そう思った」


 どこかから押し寄せる気味悪さに少しばかり警戒をしながらの会話。

ダイニングまではそんなに遠くはなくて、中に入ればアンティーク家具が並んでいる。部屋よりも高価そうな家具に緊張しながら扉に近い場所に座れば、出てきた湯気の立つ食事が出てきた。使用人が並べるわけではなく、家主が出すのに疑問が湧く。―――これは言っても良いだろう、と口を開いた。


「使用人とか居ないんですか?」


 キョトンとした表情で食器類を並べるのを止めた手。


「いや、こんな大きな家?なんで…。こういうのって使用人がするイメージが」


 質問の意図を汲み取ってか、「ああ…」と納得した言葉に続く理由。


「人間が苦手で。だから一人も要らないんだ…。ああ、でも君は平気!来てくれてありがとう」


 深い笑みにどうしてか照れてしまい、どこに置いたら良いのか分からぬ視点。


「マナーなんて気にせずにゆっくり食べてね」


 優しい言葉にまた甘えて安心しながらも、フォークを握る手は緊張から汗ばんでいた。


   * * *


 緊張していても腹は減るらしい。――舌鼓を打った口腔内は今でも余韻に浸っている。あそこまで口に合う食事を摂ったのは初めてだった。膨らんだ腹をさすりながら部屋に戻る。緊張感から解放されたように見えて解放されていないように感じるのは気のせいだろうか………?

 部屋に戻って風呂に入ろうと鞄を開ければ、見えるスマートフォンを見れば未だ圏外で溜息を吐いた。

せめて友達に状況を話したくとも話せない事に、どうしてだか縛られているように感じた。仕方なく思い、先刻言われたバスルームに足を向ける。


「疲れた」


 あまり言わない言葉に驚きながらも、捻れば出るほど良い加減の湯に違う溜息が出た。

普段はありえない体験ばかりが起きて、ぐるぐると回る思考はいくら立てどもまとまらない。

 ―――一つだけわかるのは、今は此処から動けない。という事。

 汗を流して用意されているバスタオルで全身を拭いてベッドへと向かえば、コンッ――ひとつ音がした。


「ちょっといい?」


 その家主の声に反応し、服を急いで着る。扉を開けると黙ったままの家主が居て、見つめているとやっと口を開いた。


「今日は満月だから上で見ないかなって」


 提案はアニメや漫画であらば綺麗な言葉だろう。しかし、今は断らなければならない。

決意をしながら口を開けば「行きましょう」と違う言葉が出ていた。

 一緒に行けば何が起こるか分からない。きっと危険な目に遭うだろう………冷や汗をかきながら、後悔をしたのは久し振りだった。


「じゃあ、行こう」


 柔らかく笑う表情にどこか懐かしさを感じつつ、記憶を探って、過去に付き合った事のある女性らとのやり取りを思い出していた。

着いた場所は館の最上階にある部屋のバルコニー。

「ここから見ると一番綺麗なんだ」―――見上げるその表情はどこか儚げで、居なくなってしまいそうな程の透明感があった。

 連られて見てみると、確かに夏にも関わらず澄んだ空気に星と月が輝いている。

 昼間は暑苦しかったのに、そんな空気だからか肌寒さを感じた。


「ちょっと昔話をしようか」


 ぽつりぽつりと言い始める昔話。それは現在の事のようで、何年前のものかも分からなかった。


「前に君に似た人が近くに住んでたんだ。だから、ここに居る事に決めたんだけど、いつしかその人は居なくなったんだ。どうせ離れて行くぐらいなら誰も近くに居ない方が良いと思ったんだ…。だけど、君と出会えたから、ここに居たのにも何か運命があるのかもしれない」


 俺を見ているようで見ていない視線は、何処にたどり着くのだろう…?


「話、聞いてくれてありがとう…」


 照れた顔をする家主は続けて、


「風邪引いちゃうかもしれないから部屋に戻ろうか。送るよ」


 と部屋を歩き出した。

家主の後を歩かずに横に立って歩くと、笑いながら言う。


「君は本当に似ているね。もしかして、生まれ変わりっていうのかもしれない」


 その言葉に家主が俺に対する態度の辻褄が合った。

恋をしていた相手と俺とを重ねた結果なのだと納得し、部屋に戻ってベッドに横になる。

ふかふかとした掛け布団に気持ち良さを感じて、目を瞑ると違和感がひとつひとつ紐解かれていく。

深い眠りに付くのは早く、夢に身を落とした。


   * * *


 強い光を感じて一気に目が覚める。どこかの山の上で眠っていたのか辺りには草木しか無く、いつからここに居たのかさえ分からない。

 鞄の中でスマートフォンが震える音は自然の中で異質に感じて、すぐに手に取った。


『おい、お前今どこに居るんだよ』

「どこか分かんねえ」

『は?』

「とりあえず山に居る」

『山ぁ?』


 苛立ち気味の友達との会話を楽しく感じ、自然と笑みが浮かぶ。

 場所の特徴を言えば理解したようで、どうやら迎えに来てくれるらしい。

 歩いている最中、背後から声が聞こえた気がした。

風に攫われるその声に反応し、振り向いて見ても誰も居なかった。



"またね"



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ