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第七十六章「サプライズ」

 墨田区の夜は、冬の冷たさを纏いながらも、どこか温かい灯りに包まれていた。東京スカイツリーが空を突くようにそびえ立ち、その足元には観光客や家族連れ、カップルたちが行き交う姿があった。年末の空気をまといながら、街には活気と期待が入り混じっている。

 龍之介は、両国国技館の前を通り過ぎながら、スマートフォンの時計をちらりと確認した。約束の時間まで、あと五分。歩くペースを落とし、呼吸を整えるように空を見上げると、スカイツリーのイルミネーションが彼の顔を淡く照らした。

「彩希、驚いてくれるかな……」

 誰にともなく呟いた言葉は、白い吐息とともに空へ消えていった。

 龍之介は、決して型にはまらない人間だった。周囲に合わせることよりも、自分の感情に正直でいることを選んできた。だからこそ、今日という一日は、彼にとって特別な意味を持っていた。

 数週間前から計画していた、小さなサプライズ。彩希の誕生日でも、記念日でもない。ただ“今日”を彩る何かがしたかった。

 彼はそっと、ジャケットの内ポケットを確認する。中には、小さな箱が収められていた。ネックレス。派手すぎず、でも確かな輝きを放つ一粒の石があしらわれたもの。

 彼女が過去に「こういうの、好きかも」とポツリと言っていたのを、龍之介は聞き逃していなかった。

 その時だった。

「お待たせ!」

 元気な声が背後から響いた。振り向けば、彩希が手を振りながら走ってくる。冬の夜にも関わらず、彼女の目にはきらきらとした情熱が宿っていた。

「いや、俺も今来たところだ」

「……またそれ?」

 二人は顔を見合わせて笑った。

「どこか行きたいところある?」と彼女。

「うん、ちょっとだけ歩こうか」

 二人はスカイツリーを横目に、ソラマチを抜けて、隅田川沿いの遊歩道へと足を運んだ。風は冷たいが、川面に反射する光と、都会の喧騒から少し離れたその空間は、穏やかな静けさに包まれていた。

「こういう場所、好き」

「そうだと思った」

「え?」

「お前、静かなところで星とか川とか眺めるの、好きだろ?」

「……うん。よく覚えてるね」

 龍之介は少し笑った後、真面目な顔で口を開いた。

「彩希、お前って、情熱の塊みたいなやつなのに、不思議と俺とは調和が取れるんだよな」

「……どういう意味?」

「俺、自由奔放だし、言いたいことすぐ言っちゃうし、空気読まないとこあるじゃん」

「うん、自覚あるんだ」

「そこ、否定しろよ」

 彩希は声を立てて笑った。その笑い声は、川沿いの空間に心地よく響く。

「でも、お前は俺のそういうとこ見ても、ちゃんと信じてくれる。自分の気持ちに正直なところ、俺はお前にしか見せられないかもしれない」

「……急にどうしたの?」

 彩希は少し驚いた表情を見せた。

「なぁ、ちょっとこれ、受け取ってくれないか」

 龍之介はジャケットの内ポケットから、例の小さな箱を取り出した。

 彩希が箱を受け取るとき、手がかすかに震えた。

「これ……なに?」

「開けてみろよ」

 彼女は慎重に箱を開き、ネックレスを見た瞬間、目を丸くした。

「え、これ……もしかして、私が前に言ってた……」

「覚えてた。似たようなデザイン、探しまくったけど、ようやく見つけた」

 彩希は、しばらくネックレスを見つめたまま何も言わなかった。夜風がふたりの間を吹き抜け、髪を揺らす。

「なんで今日なの?」

「今日じゃなきゃダメだった。何でもない日だからこそ、大事にしたいって思った」

 彼の言葉に、彩希の目が潤んだ。

「サプライズ、成功?」

「……大成功」

 彼女は静かにネックレスを胸元に当てながら、優しく笑った。

「ありがとう、龍之介。こんなに嬉しいこと、久しぶりかも」

「そりゃよかった」

 二人はそのままベンチに腰を下ろし、寄り添いながら都会の光を眺めた。誰にも邪魔されない静かな時間。温かい気持ちが、胸いっぱいに広がっていく。

 ——サプライズ。

 それは、誰かを思う気持ちが形になった瞬間であり、頑張った分だけ心に嬉しさが満ちる証でもあった。

(第七十六章 完)

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