第六十八章「夜空に宿る二人の約束」
白井市の夜は、どこまでも静かで澄んでいた。冬の冷たい空気が街を包み込み、遠くには白井神社の鳥居が月明かりに照らされていた。境内の奥にはほのかに蝋燭の灯りが揺らめき、かすかに神楽鈴の音が風に乗って聞こえてくる。
祐貴は、静かな参道を歩きながら、境内の中心にある大きな御神木の前で立ち止まった。木の幹にそっと手を当て、冷たさを指先に感じながら目を閉じる。木のざわめきが、静かに彼を包み込んでいく。
「待たせちゃった?」
背後から、優しい声が響いた。
「いや、俺も今来たところだ」
「またそれ?」
伽羅はくすっと笑いながら、彼の隣に立った。マフラーをしっかりと巻き直し、息を弾ませている。
「ねぇ、祐貴」
「ん?」
「夜空って、不思議だと思わない?」
祐貴は少し考えた後、静かに答えた。
「どうして?」
「だって、昼間はあんなに広がって見えないのに、夜になると途端に星が見えてくるんだよ?まるで、昼間は隠れてたものが、夜になってようやく姿を見せるみたいで」
祐貴は夜空を見上げながら、小さく息を吐いた。
「……確かにな」
「ねぇ、祐貴はさ、何かを隠したこと、ある?」
祐貴は少し驚いたように伽羅を見つめた。
「……どうしてそんなことを聞く?」
「なんとなく。夜空を見てたら、ふと思ったの」
祐貴はしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「隠していたっていうか……言えなかったことはある」
「たとえば?」
「自分の弱さとか、本当の気持ちとか。誰かに頼るのが苦手だったからな」
伽羅は彼の言葉を静かに噛みしめるように、ふっと微笑んだ。
「今は?」
「少しはマシになったかもしれない」
「それは、いいことだね」
祐貴は彼女の横顔を見つめた。
「お前は?」
「私?」
「隠してること、あるか?」
伽羅は少し考え込むように空を見上げた。
「……あるよ」
「たとえば?」
「本当はね、私、人に頼るのが苦手なんじゃなくて、誰かに頼ることで嫌われるのが怖かっただけなの」
祐貴は驚いたように彼女を見つめた。
「そんなこと、気にする必要ないだろ」
「そうかな?」
「ああ」
伽羅はしばらく黙っていたが、やがてふっと微笑んだ。
「じゃあ、祐貴になら頼ってもいい?」
「……もちろん」
二人はしばらく無言で、夜空に輝く星々を見上げていた。冬の冷たい風が吹き抜けるが、どこか温かなものがそこにあった。
「ねぇ、祐貴」
「ん?」
「この夜空の下で、ひとつ約束しない?」
祐貴は彼女の顔を見つめた。
「どんな約束だ?」
「これからも、お互いに素直な気持ちを隠さずにいようって」
祐貴は少しだけ考えた後、静かに頷いた。
「……約束する」
伽羅は、満足そうに微笑んだ。
「よかった」
祐貴はポケットから手を出し、ふと彼女の手に触れた。冷たい指先が、一瞬だけ温もりを感じる。
「寒いだろ?」
「……うん」
「少し歩こうか」
「うん、そうだね」
二人は再び歩き出した。白井神社の境内を抜けると、夜空に輝く星々が、まるで彼らの誓いを見守っているかのように瞬いていた。
——夜空に宿る二人の約束。
それは、これからの未来を照らす、小さな誓いだった。
(第六十八章 完)