第六十二章「雨上がりの街角で待つ君」
木更津市の夜は、冷たい雨の名残を路面に残し、街の灯りが水たまりに滲んでいた。木更津駅近くのアーケード街には、雨上がりの湿った空気が漂い、静かに人々が行き交う。陽葵は、三井アウトレットパークへと続く道の片隅で、コートのポケットに手を入れながら立っていた。遠くから、小走りで駆け寄ってくる足音が響く。
「待たせちゃった?」
「いや、俺も今来たところだ」
「またそれ?」
沙緒はくすっと笑いながら、軽く髪を払った。雨に濡れたアスファルトの上に立つ彼女のシルエットが、街の灯りに映し出されていた。
「ねぇ、陽葵」
「ん?」
「雨上がりの街って、なんでこんなに綺麗に見えるんだろう?」
陽葵は少し考えた後、静かに答えた。
「雨が洗い流したからじゃないか?」
「洗い流した?」
「ああ。いろんなものを、雨が一度リセットしてくれるんだろう」
沙緒は驚いたように彼を見つめ、それからふっと微笑んだ。
「それって、ちょっといい考え方かも」
「そうか?」
「うん、私もね、雨が降るとなんだか気持ちが落ち着くの。きっと、それもリセットの一つなのかも」
陽葵は静かに彼女を見つめた。
「じゃあ、今この瞬間も、新しく始まる時間ってことか?」
「そうかもしれないね」
二人はしばらく無言で、濡れた街を歩いた。アーケードの屋根の下を抜けると、雨上がりの冷たい風が頬を撫でる。
「ねぇ、また雨上がりの街を一緒に歩こうよ」
「……ああ」
——雨上がりの街角で待つ君。
それは、過去を洗い流しながらも、未来へと続く新たな一歩だった。
(第六十二章 完)