第六十章「夏祭りの約束」
浦安市の夜空には、無数の提灯が揺れ、夏祭りの賑やかな音が響いていた。東京ディズニーリゾートの近くの広場では、屋台の明かりが煌めき、甘い香りと人々の笑い声が混じり合っている。優一は、人ごみを避けるように浦安文化会館の脇の道へと歩き、少し静かな場所を見つけて立ち止まった。ふと、遠くから軽やかな足音が聞こえた。
「待たせちゃった?」
「いや、俺も今来たところだ」
「またそれ?」
瑠衣はくすっと笑いながら、隣に立った。浴衣姿の彼女は、夜の灯りに照らされて、いつもよりも大人びて見えた。
「ねぇ、優一」
「ん?」
「夏祭りって、なんでこんなに特別な感じがするんだろう?」
優一は少し考えた後、静かに答えた。
「非日常だからじゃないか?」
「非日常?」
「ああ。いつもとは違う景色、違う音、違う雰囲気。だから、記憶に残るんだと思う」
瑠衣は驚いたように彼を見つめ、それからふっと微笑んだ。
「なんだか、わかる気がする」
彼女は夜空を見上げながら、小さく息を吐いた。
「私ね、今日のこと、ずっと覚えていたいな」
「どうして?」
「だって、特別な気がするから」
優一は静かに彼女を見つめた。
「それなら、忘れないようにすればいい」
「どうやって?」
「また来年も、一緒に来る。それで、この夜を思い出せるだろ?」
瑠衣は一瞬驚いたように目を見開いたが、やがて微笑んだ。
「……うん、それ、いいかも」
二人はしばらく無言で、遠くの夜空に打ち上がる花火を眺めた。祭りの喧騒の中でも、そこだけは静かな時間が流れていた。
「ねぇ、約束だよ?」
「……ああ」
——夏祭りの約束。
それは、今日という特別な夜を、来年へとつなげる小さな誓いだった。
(第六十章 完)