第五十五章「星明かりに包まれる秘密の時間」
千葉市の夜は、透き通るような冷たさを含んでいた。千葉ポートタワーの展望台から見下ろすと、遠くに広がる海と街の灯りが静かに瞬いている。慎之介は、ガラス越しに夜景を眺めながら、ポケットの中で指を組んだ。
「待たせちゃった?」
美琴香の声がして、慎之介は振り向いた。彼女は少し息を弾ませながら、控えめな笑みを浮かべていた。
「いや、俺も今来たところだ」
「それ、絶対ウソでしょ?」
「……まぁな」
美琴香はくすっと笑いながら、慎之介の隣に立った。展望台のガラスに映る二人の姿が、星明かりに照らされてぼんやりと浮かんでいる。
「ねぇ、慎之介」
「ん?」
「夜空って、なんでこんなに落ち着くんだろうね?」
慎之介はしばらく考えた後、静かに答えた。
「広いからじゃないか?」
「広いから?」
「自分の悩みや考えがちっぽけに見える。だから、気持ちが軽くなるんだと思う」
美琴香は驚いたように彼を見つめ、それからふっと微笑んだ。
「慎之介って、時々深いこと言うよね」
「そうか?」
「うん。でも、なんとなくわかる気がする」
彼女は夜景を見つめながら、小さく息を吐いた。
「私もね、夜空を見てると、いろんなことを考えちゃうんだ」
「たとえば?」
「これからのこととか、今の自分がちゃんと進めてるのかなって」
慎之介は静かに彼女を見つめた。
「……お前は、十分頑張ってると思うけどな」
美琴香は少し驚いた表情を見せたが、やがて微笑んだ。
「そう思ってもらえるなら、ちょっと自信持てるかも」
二人はしばらく無言で、星が瞬く夜空を眺めた。冬の風が静かに展望台を包み込む。
「ねぇ、またこの夜景を一緒に見ようよ」
「……ああ」
——星明かりに包まれる秘密の時間。
それは、言葉にならない想いがそっと寄り添う、静かな夜だった。
(第五十五章 完)