第五十二章「初めての告白」
草加市の午後は、冬の透き通るような空気に包まれていた。草加せんべいの郷の前には、ほのかに香ばしい醤油の香りが漂い、観光客の賑わいが遠くから聞こえてくる。郁弥は、小さな広場のベンチに腰を下ろし、スマートフォンの画面を眺めていたが、画面の文字は目に入らなかった。遠くから足音が近づいてくる気配がし、顔を上げると心菜がマフラーを巻き直しながら駆け寄ってくるのが見えた。
「待たせちゃった?」
「いや、俺も今来たところだ」
「それ、絶対ウソでしょ?」
「……まぁな」
心菜はくすっと笑いながら、郁弥の隣に座った。二人の間にはしばし静寂が流れ、せんべいを焼く香ばしい香りだけが漂っていた。
「ねぇ、郁弥」
「ん?」
「初めての告白って、覚えてる?」
郁弥は少し考えた後、静かに答えた。
「……正直、そんなに意識したことはないかもしれない」
「そうなの?」
「でも、もし今がその瞬間だとしたら……たぶん、一生忘れないと思う」
心菜は驚いたように目を見開いた。
「それって……?」
郁弥は小さく息を吐き、ゆっくりと口を開いた。
「お前のことが好きだ」
心菜はしばらく黙っていたが、やがてふっと微笑んだ。
「……それ、ちゃんともう一回言ってくれる?」
郁弥は照れくさそうに視線をそらしたが、しっかりとした声で繰り返した。
「好きだ、心菜」
心菜の頬がほんのり赤くなり、彼女は静かに頷いた。
「私も、郁弥のことが好き」
二人はしばらく無言で向き合い、冬の冷たい風の中でも、確かに温かいものがそこにあった。
「ねぇ、またここに来ようよ」
「……ああ」
——初めての告白。
それは、言葉にすることで、ようやく形になった大切な想いだった。
(第五十二章 完)