第四十九章「風が運ぶ約束」
八潮市の冬空は澄み渡り、冷たい風が街を吹き抜けていた。八潮産業文化センターの前で翔成は、ポケットに手を突っ込みながら静かに空を見上げた。雲一つない青空に、風が何かを運んでいくように感じる。遠くから軽やかな足音が近づき、つむぎがマフラーを巻き直しながら駆け寄ってきた。
「待たせちゃった?」
「いや、ちょうど来たところだ」
「それ、絶対ウソでしょ?」
「……まぁな」
つむぎはくすっと笑いながら、翔成の隣に並んだ。二人はしばらく何も言わず、風に乗って流れてくる街の音を聞いていた。
「ねぇ、翔成」
「ん?」
「風って、誰かの気持ちを運んでくることがあると思う?」
翔成は少し考えた後、静かに答えた。
「あるかもしれないな」
「たとえば?」
「昔交わした約束とか、忘れかけていた想いとか……ふとした瞬間に思い出すことがあるだろ」
つむぎは驚いたように彼を見つめ、それからふっと微笑んだ。
「そういうの、素敵だね」
彼女は風に吹かれながら、小さく息を吐いた。
「私もね、昔、誰かと交わした約束を時々思い出すんだ」
「どんな約束だ?」
「……いつかまた、この場所で会おうって」
翔成はしばらく黙っていたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「それなら、今叶ってるんじゃないか?」
つむぎは目を丸くした後、微笑んだ。
「そうかもね」
二人はしばらく無言で、冬の風が運ぶ音を聞いていた。
「ねぇ、またここに来ようよ」
「……ああ」
——風が運ぶ約束。
それは、時を超えても消えることなく、そっと心に残り続けるものだった。
(第四十九章 完)