第四十八章「光と影の狭間で」
草加市の冬空は、どこまでも透き通っていた。草加松原の遊歩道には霜が薄く降り、歩くたびに足元でサクサクと小さな音が響く。啓太は、川沿いのベンチに腰を下ろし、ゆっくりと息を吐いた。冷たい空気が肺に染みるような感覚が心地よかった。遠くで人の気配がして、振り向くと、莉桜がコートの襟を押さえながら近づいてきた。
「待たせちゃった?」
「いや、俺も今来たところだ」
「それ、絶対ウソでしょ?」
「……まぁな」
莉桜はくすっと笑いながら、隣に座った。二人の間に沈黙が流れたが、それは気まずさではなく、心地よいものだった。ゆっくりと流れる川の水が、淡く朝日に照らされている。
「ねぇ、啓太」
「ん?」
「光と影って、どっちが本当の自分だと思う?」
啓太は少し考えた後、静かに答えた。
「どっちもじゃないか?」
「そうかな?」
「光がなければ影はできないし、影があるから光がわかる」
莉桜は驚いたように彼を見つめ、それからふっと微笑んだ。
「そういう考え方、好きかも」
彼女は川の流れを見つめながら、小さく息を吐いた。
「私ね、時々、自分がどっち側にいるのかわからなくなることがあるんだ」
「誰でもそうだろ」
「啓太も?」
「もちろん」
莉桜は少しだけ目を丸くしたが、やがて柔らかく笑った。
「そっか、それならちょっと安心する」
冬の冷たい風が吹き抜け、二人の間に静かな空気が流れた。でも、その静寂の中に、確かに何かが存在していた。
「ねぇ、またここに来ようよ」
「……ああ」
——光と影の狭間で。
それは、どちらかではなく、どちらも大切にしながら歩いていくものだった。
(第四十八章 完)