第四十三章「静かな微笑み」
富士見市の夕暮れは、橙色の光が街並みを優しく包んでいた。ふじみ野駅周辺のショッピングモールでは、仕事帰りの人々が行き交い、時折、楽しげな笑い声が響く。颯馬は、モールのエントランス近くに立ち、スマートフォンの画面をちらりと確認した。約束の時間まで、あと数分。冷たい風が吹き抜ける中、遠くから小さな足音が近づいてきた。
「待たせちゃった?」
結菜香がマフラーを巻き直しながら、少し息を弾ませて立っていた。
「いや、ちょうど来たところだ」
「それ、絶対ウソでしょ?」
「……まぁな」
結菜香はくすっと笑いながら、「それなら素直に言えばいいのに」と呟いた。
「ねぇ、颯馬」
「ん?」
「人ってさ、時々、何も言わなくても伝わることがあると思わない?」
颯馬は少し考えた後、静かに答えた。
「あるかもしれないな」
「たとえば?」
「……誰かがそばにいるだけで、安心するとか」
結菜香は驚いたように彼を見つめ、やがてふっと微笑んだ。
「それ、わかるかも」
颯馬はポケットに手を突っ込みながら、少しだけ目を細めた。
「お前は?」
「私はね、誰かの静かな微笑みを見たときに、それを感じるかな」
「微笑み?」
「うん。言葉がなくても、『大丈夫だよ』って伝わってくること、あるでしょ?」
颯馬は静かに頷いた。
「確かに」
二人はしばらく無言で、モールの広場に広がるイルミネーションを眺めた。柔らかな光が、街を優しく包み込んでいる。
「ねぇ、またこういう時間を作ろうよ」
「……悪くないな」
結菜香は嬉しそうに微笑み、冬の冷たい風の中に、小さな温もりが生まれた。
——静かな微笑み。
それは、言葉を交わさなくても、心がそっと通じ合う瞬間だった。
(第四十三章 完)