第四十章「遠い日の優しい記憶」
本庄の冬の朝は、透き通るように冷たい空気に包まれていた。街の端にある本庄城跡は、静寂に満ち、落ち葉が風に吹かれて舞い上がる。洋は、城跡の石垣に手を触れながら、遠い記憶をたどるように視線を巡らせた。過去に何度も訪れたこの場所は、今も変わらずそこにあったが、自分の中の何かがわずかに変わっているような気がした。
「……懐かしいな」
ふと背後から軽やかな足音が近づき、愛結が小走りで駆け寄ってきた。
「待たせちゃった?」
「いや、今来たところだ」
「それ、絶対ウソだよね」
彼女はくすっと笑いながら、並んで立つ。
「ここに来るの、久しぶりだね」
「……そうだな」
二人はしばらく無言で景色を眺めた。
「ねぇ、洋」
「ん?」
「遠い日のことって、鮮明に覚えてる?」
洋は少し考えた後、静かに答えた。
「全部は覚えてない。けど、ふとした瞬間に思い出すことはある」
「それってどんなとき?」
「たとえば、こうして昔来た場所にいるときとか」
愛結は小さく微笑んだ。「わかるかも」
彼女は城跡の石に手を触れながら、小さく息を吐いた。
「私ね、昔、ここで願い事をしたことがあるの」
「願い事?」
「うん。なんでもいいから、未来の自分が幸せになれるようにって」
洋は少し驚いたように彼女を見た。
「……今、その願いは叶ってるのか?」
愛結はしばらく考え込んだ後、ふっと微笑んだ。
「まだ途中かな。でも、こうして誰かと話してる時間があるだけで、十分幸せかもしれない」
洋は彼女の言葉を静かに噛みしめた。
「なら、いい願い事だったな」
「うん、そう思う」
冬の冷たい風が吹き抜ける中、二人は静かに歩き出した。
——遠い日の優しい記憶。
それは、時を超えても色褪せることなく、心の中にそっと残り続けるものだった。
(第四十章 完)