第三十九章「心の傷跡」
加須の冬空は灰色の雲に覆われ、冷たい風が川沿いを吹き抜けていた。加須はなさき公園の遊歩道を歩く幸太は、ふと足を止め、木々の間から見える静かな池を眺めた。冬枯れした木々の枝が風に揺れ、池の水面に小さな波紋を作っている。遠くから誰かの足音が近づき、振り向くと笑顔がそこにあった。
「お待たせ!」
息を弾ませながら駆け寄ってきたのは笑顔だった。
「いや、ちょうど来たところだ」
「それ、絶対ウソでしょ。少し前から待ってたでしょ?」
「まぁな」
幸太は肩をすくめながら、小さく微笑んだ。
「それにしても寒いね。でも、冬の公園って、空気が澄んでいて気持ちいいな」
「確かにな」
二人は並んで歩きながら、公園のベンチに腰を下ろした。
「ねぇ、幸太」
「ん?」
「心の傷って、時間が経てば癒えると思う?」
幸太は少し考えた後、静かに答えた。
「傷の種類によるだろうな。浅い傷なら時間が解決するかもしれない。でも、深い傷は……」
「深い傷は?」
「完全には消えないかもしれない」
笑顔はしばらく黙っていたが、やがて小さく微笑んだ。
「……私もそう思う」
幸太は彼女の横顔をじっと見つめた。
「何かあったのか?」
「ううん、ただね、最近ふと思ったんだ。心の傷って、消えなくてもいいのかもしれないって」
「どういう意味だ?」
「だって、傷があるからこそ、優しくなれることもあるでしょ?」
幸太はその言葉を噛みしめるように、静かに頷いた。
「確かにな」
「だからね、もし誰かが傷ついていても、それを隠さなくてもいいんじゃないかなって思うんだ」
「……お前らしい考え方だな」
笑顔はふっと笑い、冷たい空気の中で温かさを感じるように、ゆっくりと息を吐いた。
「ねぇ、またここに来ようよ」
「……ああ」
——心の傷跡。
それは、消えなくても、その人の優しさへと変わるものだった。
(第三十九章 完)