第三十七章「雨の中の告白」
川越の街は、しとしとと降る冷たい雨に包まれていた。石畳の道には水たまりができ、蔵造りの街並みが雨に濡れてしっとりとした趣を増している。駿は、川越氷川神社の鳥居の前に立ち、傘を持たずに空を見上げていた。肌を打つ雨粒が冷たく、吐く息が白く染まる。
「……降るって言ってたか?」
スマートフォンの天気予報を確認するが、午前中は曇りだったはずだ。そんなことを考えていると、遠くから足音が近づいてくる。振り向くと、美沙希が傘を片手に走ってきた。
「駿!傘持ってないの?」
「まぁな」
「もう、風邪ひくよ!」
美沙希はため息をつきながら、自分の傘を少し傾け、駿の肩まで入るように差し出した。
「……悪いな」
「気にしないで。でも、なんでまたこんな雨の中にいるの?」
駿は少し考えた後、「なんとなく」とだけ答えた。
「なんとなくって……駿って、時々何を考えてるのかわからないよね」
「そうか?」
「うん。でも、そういうところも駿らしいのかなって思うけど」
二人はゆっくりと神社の境内へと歩き出した。
「ねぇ、雨の日って、特別な気がしない?」
「どういう意味だ?」
「なんだか、普段よりも静かで、自分の気持ちに素直になれる気がするの」
駿は彼女の横顔をちらりと見た。
「……だから、こんな日に言おうと思ったんだ」
美沙希は小さく息を吐き、傘をぎゅっと握った。
「私ね、ずっと駿のこと、特別に思ってた」
駿は驚いたように彼女を見た。
「……そうか」
「うん。駿はいつも飄々としてるし、何を考えてるのか分からないときもあるけど……でも、そういうところも含めて、気になるんだよね」
美沙希は雨に濡れた石畳を見つめながら、小さく笑った。
「だから、もし駿が私のことを少しでも特別に思ってくれてたら、嬉しいな」
駿はしばらく無言で、雨が静かに降る音を聞いていた。そして、ゆっくりと口を開いた。
「……俺は鈍感だからな」
「え?」
「でも、お前がいてくれると、不思議と落ち着く」
美沙希は一瞬驚いたように彼を見たが、やがて優しく微笑んだ。
「それなら、嬉しい」
二人は並んで神社の境内を歩き続けた。
——雨の中の告白。
それは、雨音に包まれながら、静かに心を通わせる時間だった。
(第三十七章 完)