第三十六章「秘密のデート」
川口市の夜は、冬の冷たい風がビルの間を吹き抜け、街のネオンが静かに輝いていた。川口駅前のショッピングモールは、夜でも賑わいを見せており、人々の足音が絶え間なく響いている。瑞季は、ショッピングモールのエスカレーターを上がりながら、スマートフォンを確認した。待ち合わせの時間ぴったりだった。
「……遅れてない、よし」
そのままカフェの入口に向かうと、すでに座っているゆづきの姿が見えた。瑞季はゆっくりと席に近づきながら、「待たせた?」と声をかけた。
「ううん、私も今来たところ」
ゆづきはメニューを見ながら答え、静かに微笑んだ。店内は落ち着いた雰囲気で、平日の夜だからか、あまり混んでいない。
「ここ、前から気になってたんだ」
「そうなのか?」
「うん。でも、一人で来るのはちょっと勇気がいるから、今日はちょうどいい機会だったかも」
瑞季は小さく頷きながら、カフェラテを注文した。ゆづきはホットチョコレートを頼み、二人はカップを手に取りながら、店内の柔らかな照明に包まれる。
「こうしてカフェでゆっくりするの、久しぶりかも」
「お前が落ち着いて過ごすのは、珍しい気がするな」
「えっ、それどういう意味?」
「お前、いつも忙しそうだから」
ゆづきは少し驚いたように瑞季を見つめ、それからクスッと笑った。
「そんな風に見えてたんだ」
「まぁな」
「確かに、いつも予定詰めすぎちゃうかも。でも、今日はなんか特別な感じがするね」
「特別?」
「うん、なんとなく、秘密のデートみたい」
瑞季は少し驚いたが、すぐに微笑んだ。
「それは……悪くないかもな」
ゆづきは満足そうに頷いた。
「ねぇ、たまにはこういう時間もいいよね?」
「そうだな」
カップを傾けながら、二人はゆっくりと時間を過ごした。店の外には冬の冷たい風が吹いていたが、店内の空気はどこか穏やかで温かかった。
——秘密のデート。
それは、何気ない日常の中に生まれる、小さな特別な瞬間だった。
(第三十六章 完)