第三十五章「一歩踏み出す勇気」
さいたま市の冬の風は、冷たく肌を刺すようだった。大宮公園の並木道には落ち葉が舞い、朝日が淡く木々を照らしている。壮真は、ベンチに腰を下ろし、スマートフォンを何度か確認した。待ち合わせの時間にはまだ少し早い。寒さに肩をすくめながらポケットに手を入れた。
「……そろそろ来る頃か」
遠くから小さな足音が近づくのが聞こえた。
「お待たせ!」
軽快な声とともに、真希が笑顔で駆け寄ってきた。彼女の頬は寒さで少し赤くなっている。
「早かったな」
「だって今日は楽しみだったから!」
真希はベンチの隣に座り、マフラーを巻き直しながら息を吐いた。
「それにしても寒いね」
「まぁ、冬だからな」
「でも、この空気、ちょっと好きかも」
壮真は小さく笑いながら、空を見上げた。雲ひとつない冬の青空が広がっている。
「ねぇ、壮真」
「ん?」
「何か新しいことに挑戦しようって思ったこと、最近ある?」
壮真は少し考えた後、静かに答えた。
「そうだな……考えてはいるが、なかなか踏み出せないこともある」
「えっ、壮真でもそういうことあるの?」
「当たり前だろ」
「なんか意外!」
真希は驚いた表情を見せたが、すぐに笑った。
「でもね、私は思うんだ。新しいことを始めるのって、怖いけど、それ以上にワクワクすることでもあるんじゃない?」
壮真は彼女の言葉を噛みしめるように、少しだけ視線を下げた。
「……そうかもしれないな」
「でしょ?」
真希は満足そうに頷いた。
「でも、一歩踏み出す勇気って、なかなか出ないものだよね」
「だからこそ、誰かが背中を押してくれると違うんじゃないか?」
壮真は静かに言った。
「……例えば?」
「例えば、お前が俺に言ったみたいに」
真希は一瞬驚いたように目を丸くしたが、やがてふっと微笑んだ。
「それなら、私も壮真に背中を押してもらえるといいな」
「まぁ、お互い様ってことだな」
「うん!」
二人は並んでベンチに座りながら、しばらく沈黙の中で公園の静けさを感じていた。
「ねぇ、またこういう時間作ろうよ」
「……悪くないな」
真希は嬉しそうに頷き、冬の冷たい空気の中に、小さな温もりが生まれた。
——一歩踏み出す勇気。
それは、誰かの言葉がきっかけで生まれるものなのかもしれない。
(第三十五章 完)