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第三章「二人を包む光」

 旭川の街は、冬の寒さが厳しいことで知られている。しかし、雪がきらきらと輝く景色は、どこか温かさを感じさせた。

 貴洋は、旭川駅の改札を抜けると、冷たい空気を吸い込みながら足を止めた。

「……寒いな」

 吐く息が白く染まる。手袋をつけてこなかったことを少し後悔しながら、駅前のロータリーを見回す。

「遅い!」

 不意に響いたのは、美音香子の声だった。

「お前、もっと早く来るかと思ったのに、のんびりしすぎじゃない?」

 貴洋が振り向くと、少し不機嫌そうに腕を組んだ美音香子が立っていた。彼女の長い髪が、冬の冷たい風にふわりと揺れる。

「悪い。電車がちょっと遅れてた」

「まぁ、仕方ないか。とりあえず行くよ!」

 そう言うと、美音香子は先に歩き出した。

 貴洋は苦笑しながら後を追う。「……行くって、どこへ?」

「決まってるでしょ。旭山動物園!」

 彼女は振り向きざまに、得意げに答える。

「動物園……?」

「貴洋、旭川に住んでるくせに、最近行ってないでしょ?」

「まぁ、確かに」

「じゃあ決まり!」

 美音香子は強引に貴洋の腕を引いた。

「おい、ちょっと落ち着けって」

「うるさい。ほら、バスが行っちゃうよ!」

 そんなやりとりをしながら、二人はバス停へと向かう。

 旭山動物園

 バスを降りると、目の前には雪に覆われた動物園が広がっていた。空気は冷たいが、観光客や地元の家族連れで賑わっている。

「さっそく見に行くよ!」

 美音香子はパンフレットを広げながら、目を輝かせている。

「……なんでそんなに楽しそうなんだ?」

「だって、動物っていいじゃん!ほら、まずはペンギンの散歩!」

 彼女はパンフレットを指さす。

「ペンギンの散歩?」

「うん!冬の旭山動物園と言えばこれ!ペンギンたちが雪の上を歩くの!」

 貴洋は少し驚いたように頷いた。「そんなのがあるのか……知らなかった」

「ほんとに旭川に住んでるの?」

「悪かったな。そんなに頻繁に来るわけじゃないんだよ」

「まぁ、今日は特別に教えてあげる!」

 美音香子は嬉しそうに先へ進む。

 やがて、ペンギンの散歩コースの前に着くと、すでにたくさんの人が集まっていた。

「始まるよ!」

 アナウンスが流れると、小さなペンギンたちがよちよちと歩き始めた。

「……かわいいな」

 貴洋は思わず呟いた。

「でしょ!」

 美音香子は満足そうに笑う。「なんか、癒されるよね」

 二人はしばらくペンギンたちを見つめた。雪の中を一生懸命歩く姿は、どこかほっとするものがあった。

「こういうの、たまにはいいかもな」

「でしょ?」

 貴洋は改めて、美音香子の横顔を見た。彼女は普段、あまり感情を表に出さないタイプだが、こうして動物を見ているときは、なんだか自然に笑っている。

 ——二人を包む光。

 雪が反射する光の中で、彼女の笑顔がほんの少し、いつもより柔らかく見えた。

「さて、次は……ラーメンでも食べに行く?」

 美音香子が、パンフレットを閉じながら言う。

「お前、ほんと自由だな」

「なに?お腹空いてないの?」

「いや、食べるけどさ」

「じゃあ決まり!」

 彼女はまた、貴洋の腕を引いて歩き出す。

 雪の降る旭川の街の中、二人の足取りはどこか軽やかだった。




 動物園をあとにし、貴洋と美音香子はバスに揺られながら旭川ラーメン村へ向かっていた。

「それにしても、ペンギンかわいかったね!」

  美音香子は窓の外を眺めながら、満足そうに呟いた。

「ああ、意外と良かった」

  貴洋も素直に頷いた。

「でしょ?やっぱり動物は癒されるよねー」

「まぁ、そうだな。でも、お前ってこんなに動物好きだったっけ?」

 美音香子は少し考えたあと、「んー、そんなに詳しいわけじゃないけど、なんか見てると落ち着くんだよね」と答えた。

「なるほどな」

「でも、それよりも!ラーメンだよ!」

  彼女は突然元気よく立ち上がりそうな勢いで言った。

「おい、まだ着いてないぞ」

「分かってるよ。でも、お腹空いたー!」

 バスが停車し、ようやくラーメン村に到着した。寒い空気の中、湯気の立ち上る看板がずらりと並んでいる。

「さぁ、どこにする?」

  美音香子はパンフレットを取り出しながら、目を輝かせた。

「どこでもいいけど……」

「だめ!せっかく来たんだから、ちゃんと選ぼう!」

「……お前、こういうときだけやけに熱心だよな」

「ラーメンは大事でしょ!」

 結局、二人は人気のある味噌ラーメンの店に入ることにした。店の中は暖かく、カウンター席からは湯気を立てながらラーメンを作る店主の姿が見える。

「味噌ラーメン、二つ!」

  美音香子が元気よく注文する。

「お前、人の分まで勝手に決めるなよ」

「だって、旭川ラーメンと言えば味噌でしょ!」

「……まぁ、そうだけど」

 しばらくすると、熱々の味噌ラーメンが目の前に置かれた。

「いただきまーす!」

 美音香子はさっそく箸を取り、スープをひと口すする。

「……んっ!美味しい!」

「本当に食べるの好きなんだな」

  貴洋は呆れながらも、同じようにスープを口に運ぶ。濃厚な味噌のコクが体に染み渡る。

「お前、ほんとに美味しそうに食べるよな」

「だって美味しいんだもん!」

 美音香子は夢中でラーメンを食べながら、ふと貴洋の顔を見た。

「……ねぇ、貴洋」

「なんだ?」

「なんかさ、こうやってのんびりするのもいいね」

「……そうだな」

 貴洋は少し驚いたが、素直に頷いた。美音香子は普段、周囲に流されることなく淡々と自分のペースで進んでいくタイプだと思っていた。でも、こうして何気ない時間を楽しむこともあるのだと、彼女の新しい一面を見た気がした。

「たまには、こういう時間も悪くないな」

 貴洋はスープを飲み干しながら、心の中でそう思った。

 ラーメンの湯気が二人を包み込み、その光景はどこか温かかった。




 ラーメンの湯気が立ちこめる店内で、美音香子は満足そうに箸を置いた。

「はぁー、美味しかった!」

「ほんと、お前は食べるのが好きだな」

  貴洋はスープの最後の一口を飲み干しながら苦笑した。

「だって、美味しいものを食べるのが一番幸せじゃん!」

 美音香子はカウンターの端にあるお冷を一気に飲み干し、「ぷはっ」と息をついた。

「貴洋も満足した?」

「ああ。たまには、こういうのもいいな」

「でしょ?」

 彼女の顔には満足そうな笑みが浮かんでいた。

 店を出ると、外の空気がひんやりと冷たかった。旭川の夜はすでに雪が降り始めていた。

「うわー、寒っ!」

  美音香子は両手をこすり合わせる。「やっぱり旭川の冬は厳しいね」

「まぁ、いつものことだな」

「でも、この寒さの中で食べるラーメンが最高なんだよね」

「お前、本当に食べ物のことばっかり考えてるな」

「えへへ、バレた?」

 雪の降る街を歩きながら、二人は何気ない会話を続けた。

「ねぇ、貴洋」

  美音香子がふいに足を止めた。

「ん?」

「……今日は楽しかったね」

「……そうだな」

「普段、こうやってのんびりすることって、あんまりないからさ」

「お前も忙しいんだろ?」

「まぁね。でも、こういう時間も必要だなって思った」

 貴洋は彼女の言葉を聞きながら、ふと時計台での時間を思い出した。人は変わる。でも、変わらない何かを大切にすることも必要なのかもしれない。

「たまには、またこうして出かけるのも悪くないな」

「えっ、貴洋からそんなこと言うなんて!」

  美音香子は驚いたように目を丸くする。

「……そんなに意外か?」

「うん、貴洋って何でも淡々とこなすタイプだからさ」

「……まぁ、そう見えるかもな」

 二人の間に、静かな雪が舞う。

「でもさ、今日みたいに、ただ楽しむだけの日もあっていいよね」

 美音香子がふわりと笑う。その笑顔が、雪の光に包まれて、どこか柔らかく見えた。

「……ああ、そうだな」

 貴洋も、静かに頷いた。

 二人を包む光の中で、雪は優しく降り続けていた。

 —— 第三章 完 ——

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