第二十三章「愛に触れる時間」
いわき市の朝は、澄んだ海風に包まれていた。冬の陽射しがアクアマリンふくしまのガラスに反射し、キラキラと輝いている。
翔太朗は、水族館の入り口でポケットに手を突っ込みながら、潮の香りを感じていた。
「……まだ来ないか」
スマートフォンの時間を確認した直後、足音が近づいてくる。
「待たせちゃった?」
振り向くと、梨花が小走りで駆け寄ってきた。
「まぁ、少しな」
「ごめんごめん、久しぶりに来るから、ちょっと準備に時間かかっちゃって」
「そんなに気合入れる場所でもないだろ」
「何言ってるの!水族館って、すごく特別な場所なんだから!」
梨花はワクワクした様子で、水族館の入り口へ向かっていく。翔太朗は肩をすくめながら、その後を追った。
青い世界の中で
水族館の中に入ると、一気に静寂が広がった。大きな水槽の中を魚たちがゆったりと泳ぎ、青い光が揺れている。
「やっぱり、ここは落ち着くな」
「でしょ?水の中の世界って、不思議な感じがするよね」
梨花はガラスに手を添えながら、ゆっくりと魚たちを眺める。
「ねぇ、翔太朗」
「ん?」
「人ってさ、こうやって何かをじっくり見つめる時間、意外と少ないよね」
翔太朗は少し考えた後、「確かにな」と頷いた。
「毎日忙しくて、周りのことをちゃんと見てるようで見てないのかもしれないな」
「そう思う。でも、こうして水族館にいると、時間がゆっくり流れてる気がするんだよね」
翔太朗は、水槽の中を泳ぐクラゲをじっと見つめながら言った。
「……お前がそういうこと考えるの、意外だな」
「え?ひどい!」
「いや、いつもはもっと元気で動き回ってるイメージだからさ」
「そりゃ、そういうときもあるけど……でも、たまにはこういう時間も大事でしょ?」
「まぁな」
愛に触れる時間
イルカショーが始まる時間になり、二人はスタジアムへ向かった。イルカたちが華麗にジャンプし、水しぶきを上げるたびに、観客の歓声が響く。
「すごい……!」
梨花の目が輝いている。
「こういうのを見るとさ、なんか心が温かくなるよね」
翔太朗は静かに頷いた。
「確かに。誰かを大切に思う気持ちって、こういうところから生まれるのかもしれないな」
「うん……」
梨花はふっと息を吐き、笑顔を向けた。
「ねぇ、また来ようよ」
「……ああ」
翔太朗は、小さく頷いた。
——愛に触れる時間。
それは、何気ない日常の中にそっと存在しているものだった。
(第二十三章 完)