第十九章「優しさを届けたい」
山形の冬は、透き通るような冷たい空気に包まれていた。街を見下ろす山形城跡の石垣にはうっすらと雪が積もり、足元で踏みしめるたびに静かに軋む音が響く。
拓実は、城跡の広場に立ち、遠くの蔵王の山並みを眺めていた。
「……やっぱり、ここは落ち着くな」
吐く息が白く染まる。冷たい風が吹き抜けるが、それが心を引き締めるようでもあった。
「拓実!」
遠くから軽やかな声が響き、振り向くと、美砂が駆け寄ってくる。
「遅かったな」
「ごめんごめん、仕事が長引いちゃって。でも、こうして来られてよかったよね」
美砂はマフラーをきゅっと巻き直しながら、城跡の石垣に寄りかかった。
「そうだな。ここに来るのは久しぶりだ」
「最後に来たの、いつだったっけ?」
「たぶん、高校の頃じゃないか?」
「……ああ、卒業前にみんなで来たね」
二人はしばらく静かに景色を眺めていた。
冬空の下での対話
「ねぇ、拓実」
「ん?」
「最近、誰かに優しさを届けたことある?」
拓実は少し考えたあと、「どうだろうな」と答えた。
「優しさって、届けるものなのか?」
「え、どういう意味?」
「ただ普通に接してるだけで、それが誰かの支えになってることもあるだろ」
美砂はしばらく考え込んだあと、小さく頷いた。「それ、分かるかも」
「お前は?」
「私は……最近、誰かの優しさに気づくことが多くなったかな」
拓実は少し意外そうに彼女を見た。「例えば?」
「仕事でちょっと落ち込んでたとき、同僚がさりげなく励ましてくれたり……帰り道で見知らぬおばあちゃんに道を聞かれて、ありがとうって言われたり……」
美砂はふっと微笑んだ。「そういう小さなことが、じんわり心に染みるんだよね」
拓実は静かに頷いた。「確かにな」
「だからね、私もそういう優しさを届けられる人になりたいなって思って」
「お前なら、もうできてるんじゃないか?」
美砂は少し驚いたように拓実を見た。「え?」
「お前が誰かの優しさに気づけるなら、それはもう、お前も同じように誰かに優しさを届けてるってことだろ」
美砂はしばらく黙っていたが、やがて小さく微笑んだ。
「……そっか。そういう考え方もあるね」
優しさのかたち
城跡の広場を歩きながら、美砂がふと足を止める。
「ねぇ、拓実」
「ん?」
「私、今こうして話してる時間が、すごく好きかも」
「そうか?」
「うん。なんか、ほっとする」
拓実は空を見上げた。冬の澄んだ青が、どこまでも広がっている。
「なら、また来ればいい」
「……うん」
美砂はゆっくりと頷いた。
——優しさを届けたい。
それは、言葉にしなくても伝わる、温かな気持ちだった。
(第十九章 完)