第十八章「初めての涙の意味」
山形の冬空は、どこまでも澄み渡っていた。朝日に照らされた蔵王の雪景色がまばゆく輝き、静かな空気が山々を包み込んでいる。
琥太郎は、スキー場のゲレンデの端に立ち、白銀の世界を見渡した。
「……冷えるな」
ポケットに手を突っ込みながら呟くと、背後から軽快な足音が近づいてきた。
「お待たせ!」
元気な声とともに、梨瑚がスキー板を肩に担いで駆け寄ってくる。
「遅いぞ」
「ごめん、準備に手間取っちゃって」
琥太郎は肩をすくめた。「まぁ、予想通りだけどな」
「なによそれ、失礼な!」
梨瑚はふくれっ面をしながらも、どこか楽しそうだった。
降り積もる雪と、心の変化
スキーリフトに乗りながら、二人はゆっくりと山を登っていく。
「ねぇ、琥太郎」
「ん?」
「最近、泣いたことある?」
「……急にどうした?」
「ふと、思ったの」
琥太郎はしばらく考えたあと、小さく首を振った。「覚えてないな」
「やっぱりね」
「お前は?」
「私はね……最近、初めて本気で泣いたんだ」
琥太郎は驚いたように彼女を見た。「何があった?」
「今まで頑張ってきたことが報われた瞬間にね……嬉しくて、涙が出ちゃった」
梨瑚は、遠くの山々を見つめながら、小さく微笑んだ。
「泣くって、悔しいときだけじゃなくて、嬉しいときにもするんだなって」
琥太郎は黙っていたが、やがて静かに頷いた。
「……そうかもな」
「琥太郎も、いつか『初めての涙の意味』が分かる日が来るよ」
「それがいつかは分からないけどな」
「うん。でも、そのときは、私がそばにいるから」
リフトが頂上に着くと、二人はゆっくりと滑り降りていく。
——初めての涙の意味。
それは、心の奥にそっと刻まれる、大切な瞬間だった。
(第十八章 完)