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第173章 優しさに溢れる瞳の奥

 寝屋川市、寝屋川駅からほど近い小さな公園。午後の柔らかな陽光がベンチに差し込み、子どもたちの笑い声がかすかに響く中、結陽は一人、遊歩道沿いのベンチに座って缶ジュースをくるくると回していた。自分を目立たせたいという強い欲求を常に抱え、他者と積極的にコミュニケーションを取る姿勢を大事にしてきた彼だったが、今日ばかりはどこか精彩を欠いていた。

「目立ちたいだけじゃ、だめなんだよな…」

 先日のプレゼンで、自分の言葉が会場の空気を引き込んだ。拍手もあった。手応えはあった。なのに、終わった瞬間、心にはどこか空虚な穴があいたような感覚が残っていた。周囲の評価は上々だったが、その“上々”が、自分が本当に求めていたものだったのか、結陽には分からなくなっていた。表に立ちたい、認められたい、目立ちたい――その思いをずっと胸に秘めて動いてきたが、そこに“誰かと分かち合う喜び”がないことが、ふとした瞬間に心を重くするのだった。

「結陽?」

 声をかけたのは、美紗子だった。彼女は“かまちょ”とからかわれることもあるが、人と関わることを心から望み、トラブルに立ち向かう芯の強さを持っている。そして何より、物事を前向きに捉え、積極的に行動するその姿勢は、結陽にとって特別だった。彼女の視線にはいつも、相手の内側をちゃんと見ているような深さがあり、それが“優しさに溢れる瞳”として彼の記憶に焼きついていた。

「…なんで分かったの?」

「駅前で、ボーッとしてる結陽を見たら、なんか分かっちゃった。いつもなら声でかいのに、今日は静かすぎるから」

 彼女はそう言って笑い、隣に座った。カバンから取り出した缶コーヒーを結陽に差し出すと、代わりに彼の手から空の缶を受け取った。そんな自然な所作が、今の彼には何より救いだった。

「この前のプレゼン、すごかったね。みんな、褒めてたよ」

「うん…でも、なんか違った」

「違った?」

「目立てたし、ウケたし、盛り上がった。でも…俺、誰かとちゃんと心で繋がれたかっていうと、それが分かんなくてさ」

 美紗子は少しだけ驚いた顔をしたあと、うんうんと何度もうなずいた。「結陽がそう思うの、ちょっと意外。でも、すごく素直だね」

「俺、ずっと目立ちたがりって言われてきたけど、それだけじゃダメなんだって、ようやく分かってきた。誰かと一緒にいて、ちゃんと“届いてる”って感じる瞬間が欲しいって」

「うん。それって、すごく大事なことだと思う。だってさ、“誰かと一緒に幸せを感じる”ってことほど、心が満たされることってないもん」

「でも、それが難しいんだよ。みんなに注目されると、それだけで“繋がった”気になっちゃう。でも、あとになって虚しくなる」

「結陽、目立ちたいって気持ちを否定しないでいいと思うよ。だって、それがあったから今の結陽があるんでしょ?ただ、そこに“誰かと分かち合いたい”って気持ちが加わったら、もっと素敵になるだけ」

 結陽は驚いたように彼女を見た。美紗子の言葉は、まっすぐで曇りがなく、しかも核心を突いてくる。こうして目を見て話されると、自然と自分の心の奥まで見られているような気持ちになる。

「…俺、今すごく弱ってるかもな」

「それも結陽だよ。元気なときも、落ち込んでるときも、ぜんぶ含めて結陽だから。私、それでいいって思ってる」

 彼女のその言葉が、胸の奥にじんわりと染み込んだ。“優しさに溢れる瞳の奥”にあるのは、何も言わずともすべてを受け入れるようなあたたかさだった。

「ありがとな。なんか、今日のこの時間だけで、すげぇ救われた気がする」

「それは良かった。でも、今日のこの話、今度は結陽が誰かにしてあげる番だよ?」

「うん、分かった。ちゃんと誰かと向き合って、繋がっていけるようになりたい」

 木々の隙間から差し込む夕日が、公園の芝生に黄金色の模様を描いていた。ふたりの影が重なり、そのシルエットはゆっくりと風に揺れていた。

 優しさに溢れる瞳の奥。それは、美紗子が結陽に教えてくれた、“見返りのいらないぬくもり”の形だった。

 終


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