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第171章 涙に浮かぶ微笑み

 吹田市、万博記念公園の太陽の塔を仰ぎ見る広場。夕方、木々の間から差し込むオレンジ色の光が静かに芝生を照らし、平日の喧騒を少しだけ忘れさせてくれる穏やかな時間。耕平はその芝生に腰を下ろし、膝を立てて腕をのせた姿勢のまま、ぼうっと空を見上げていた。努力を続ける力がある彼は、常に完全を目指していた。誰よりも精度の高い結果を追い求めて、仲間の中でもリーダー的立場に立つことが多かった。だが、それゆえに人の成功を妬む気持ちを抱くこともあった。

「またかよ…なんで、あいつのが評価されるんだよ…」

 つい昨日、プレゼンの発表で一緒に準備をしていた同僚が表彰された。確かに彼も頑張っていた。だが耕平は、同じかそれ以上に手を動かし、夜遅くまで資料を練っていた自負がある。なのに、スポットライトは相手にだけ当たった。心から喜んであげたい気持ちはあるのに、それと同じくらい大きな黒い塊が心を占めていて、どうしてもその表彰の拍手に混ざることができなかった。

「そんな自分が、情けないんだよな…」

 自分の中の負の感情を自覚することほど、しんどいものはない。努力を重ねた分だけ、自分の小ささが浮き彫りになる。それが、堪らなく悔しい。

「耕平?」

 呼びかける声に振り向くと、そこにいたのはここあだった。素直でオープンな性格であり、行動する前にきちんと考える慎重さを持ち、自己表現が得意な彼女は、耕平が最も苦手とする“自分の感情に素直な人”だった。

「ここあ…なんでここに?」

「昨日から、ちょっと元気なさそうだったから。もしかしたら、ここかなって思って。私もよくここ来るし」

 彼女はそう言って、耕平の隣にすっと腰を下ろした。柔らかく微笑んだ表情には、余計な詮索も強がりもなかった。ただ、そこにいるということが、彼女なりの“寄り添い”なのだと伝わってくる。

「表彰のこと、気にしてるんでしょ?」

 耕平は返事をせず、空を見たまま軽く首をすくめた。その沈黙は、否定でも肯定でもなく、ただ苦い真実を受け止めているような静けさだった。

「耕平は、あの資料の半分以上をまとめてたって、私知ってるよ。あいつも頑張ってたけど、耕平がいなきゃ成立してなかった。…でも、あいつの方が“見せ方”が上手かったんだと思う」

「見せ方か…」

「うん。でもね、私は耕平のやり方が好きだよ。丁寧で、正確で、嘘がない。たぶん、目立たないかもしれないけど、信頼は積み重なってる」

 その言葉に、耕平は胸の奥がぎゅっとなるのを感じた。悔しさの中にいた自分に向けられた、まっすぐな肯定。たとえそれが世界中の評価に繋がらなくても、ここあ一人が言ってくれたそれは、何よりも響いた。

「俺さ、あいつのこと妬んでた。拍手できなかった。…そんな自分が、すげぇダサく思えて…ほんと嫌になる」

「それって、ちゃんと頑張った証拠だと思う。妬むってことは、自分がそれだけ一生懸命だったってことじゃん」

「でも、努力しても報われないときがあるって、分かってても…割り切れないんだよ」

「うん、割り切らなくていいよ。私も同じこと思ったことあるもん。家で泣いたし。誰かの成功が、自分の失敗みたいに見える夜って、あるよね」

 それを聞いた瞬間、耕平の視界がにじんだ。自分だけじゃなかった。この感情は自分だけが持っていたものではなかった。涙が頬をつたって流れ、彼は慌ててそれを拭おうとしたが、ここあは止めなかった。ただ黙って見守っていた。

「泣くなよ、って言わないの?」

「言わないよ。むしろ、泣けるときに泣く方が強いって思ってるし」

「俺…ずっと、自分を責めてた。もっとやれたんじゃないかって。でも、それでも結果が出ないとき、自分の価値がないみたいに思えて…」

「耕平は、耕平のままで価値あるんだよ。泣いてるとこだって、私からしたら、ちゃんと“頑張ってたんだな”って思える」

 耕平は静かに頷いた。そして、泣きながらも少しだけ笑った。その笑みは、どこか安心に満ちていて、彼の中の黒い塊を少しずつ溶かしていった。

 涙に浮かぶ微笑み。それは、ここあの言葉とぬくもりが、耕平の心にそっと咲かせたものだった。

 終


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