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第167章 君と歩く新しい道の始まり

 堺市、古墳群が点在する大仙公園の並木道。夕方の光がやわらかく葉の隙間を通り抜け、石畳の歩道に細やかな影を落としている。天翔はその道を、スマートフォンをポケットにしまったまま、のんびりと歩いていた。彼は気さくな性格で、少人数での交流を好み、周囲の意見を聞くことが得意だ。けれど今日は、自分の中に溜まっていた小さな違和感に向き合おうとしていた。

「みんなの話、ちゃんと聞いてるつもりだったけど、ただ相槌を打ってただけだったのかもしれないな…」

 最近のチームミーティングで、彼はひたすら周囲の声に耳を傾けていた。意見がぶつかりそうな場面では場を和ませ、輪の中心には立たないようにしていた。しかし、ひとつの議題が進まぬままに宙ぶらりんになり、誰もその原因を口にしなかった。だが天翔はうすうす気づいていたのだ――“誰かが決断しないといけない”瞬間に、自分は一歩を踏み出していなかった。

「その“誰か”になれないのは、ただの逃げなのかもな…」

 ベンチに腰掛けようとしたとき、小走りでこちらに近づいてくる足音に振り返った。そこにいたのは、さやかだった。自分の感情を冷静にコントロールし、柔軟に考え、気が長く人に安心感を与える彼女は、天翔にとって“空気のように隣にいると落ち着く存在”だった。

「やっぱりここにいた」

「なんで分かったの?」

「だって、天翔って落ち着かないとき、必ず古墳群の道を歩くじゃん。無意識に足が向くんだよ、こういう場所に」

 彼女は、笑うわけでもなく、淡々とそう言って彼の隣に腰を下ろした。鳥のさえずりと木々が風に揺れる音の合間を縫うように、さやかの声は柔らかく耳に届く。

「例のミーティングの件でしょ?…天翔、あの時、途中からすごく無口だったよね」

「…うん。正直に言うと、誰かが決めてくれるだろうって思ってた。でも、みんな同じように“誰かが”って思ってたのかもしれない。あれって、完全な堂々巡りだったよな」

「天翔はさ、いつも“聞く側”になろうとするけど、本当は“言う側”にもなれる人だと思ってる。だって、ちゃんとみんなの声、覚えてるでしょ?」

「…覚えてるよ。あの時、みんな何を言ってたか、ちゃんと」

「だったら、それを繋ぐ役になればよかったんじゃない?」

 その一言に、天翔の呼吸がふっと深くなる。そうだ、彼は意見の間を埋めることが得意だったはずだ。ただそのとき、自分は“波風を立てたくない”という気持ちを優先してしまい、肝心なタイミングで言葉を飲み込んでしまっていたのだ。

「俺、みんなの意見を尊重してるつもりだったけど、それって裏返せば“誰にも嫌われたくなかっただけ”だったのかもしれないな」

「それって悪いことじゃないよ。でも、その優しさがもったいない。天翔の優しさって、“みんなの気持ちを動かせる優しさ”なんだから」

 彼女の言葉は、まるで優しく背中を押してくれる春風のようだった。少し照れくさくて、でも確かに力になる――そんな言葉があることを、天翔は久しぶりに思い出した。

「じゃあさ、今からでも遅くないかな。自分の意見を伝えて、みんなの意見を一つにまとめようって言ったら…まだ間に合うと思う?」

「間に合うよ。“始まり”って、いつでも作れるんだから」

「それ、名言だな」

「ふふ、でしょ?書にして飾ってもいいくらい」

 二人は並んで笑った。夜風が頬を撫で、木々のざわめきが優しく背中を押すように響く。足元をふと見ると、小さな虫が一匹、道の端を黙々と進んでいた。ちいさな命が、ゆっくりでも確かに前へと進む姿に、自分の足もまた動き出そうとしているのを天翔は感じた。

「さやか、ありがとう。俺、やっぱり誰かと一緒に歩くのが好きだ。話しながら、笑いながらさ」

「うん、私も。…君と歩く新しい道の始まり、って感じがする」

 その言葉に、天翔は思わず照れたように目を逸らしたが、すぐにまた彼女のほうを見て、静かに言った。

「じゃあ、これからも一緒に歩いてくれる?」

「もちろん。たとえ道に迷っても、君がいれば、きっと大丈夫って思えるから」

 風が吹くたびに、木の葉がさわさわと囁くように揺れた。すべてが新しいスタートの予感に満ちていた。明日からの風景が少し違って見えるのは、隣にいる人と、同じ歩幅で進めるという確信があるからだ。

 君と歩く新しい道の始まり。それは、互いの静かな勇気が交差した、一歩目の音だった。

 終


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