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第166章 季節が変える恋の色

 大阪市、道頓堀川沿いの遊歩道。夕暮れが完全に夜に溶けていく直前、街のネオンが水面に滲み、揺れるような光の帯を描いている。真也は橋の欄干に肘をつきながら、賑やかな通りから一歩離れたこの場所で、ゆっくりと呼吸を整えていた。彼は自分の強みを活かして新たな挑戦をすることに積極的で、お調子者な一面もありながら、成果を上げるためにはきちんと計画を立てる現実的な側面も持っている。

 しかし今夜の真也は、いつものような軽快なトーンではなかった。どこか落ち着かず、歩く人々の足音や、遠くから聞こえてくるタコ焼き屋の呼び込みすらも、ざわつく心に拍車をかけていた。

「計画通り、進んでるはずだったんだけどな…」

 新しいプロジェクトでの成功を狙って、念入りに準備し、綿密に手順を組んだ。それなのに、現場では思いもよらぬトラブルが続き、彼の“段取り主義”はむしろ足かせになってしまっていた。臨機応変に動くべきだった場面で、細部にこだわりすぎて周囲のテンポを乱してしまった。そんな自分への苛立ちが、無言のまま喉の奥で渦を巻いていた。

「真也?」

 その声に振り返ると、そこに立っていたのは蓮だった。彼女は協力的で、物事の割り切りが早く、実行力がある。だが、それ以上に彼女には“迷わない強さ”があった。迷ったら動けない、そうならないように心を決めて走り出す、その潔さが真也にはまぶしく映ることが多かった。

「どうしてここが分かった?」

「今日、ミーティングの後の真也の顔、見れば分かるよ。ここ、たぶん来てるんじゃないかなって」

 彼女は一歩ずつ近づいて、真也の横に立った。二人の間には、街の喧騒から取り残されたような静けさが流れる。すぐ隣を通る観光客の笑い声が遠く感じられるのは、彼女の存在が空気の密度を変えるからだ。

「自分では、ちゃんと計算して動いたつもりだった。でも、みんなからしたら、ただの段取り優先の奴に見えたんだろうな」

「そうだったかもしれない。でも、それって真也が“ちゃんとやろう”としてたってことだよね。責める気にはならないな、私は」

「…でもさ、俺が止まってる間に、みんな先に進んでたんだ。置いてかれた気がして、焦って、それでまた空回りしてさ」

 蓮はしばらく黙って真也の言葉を聞いていたが、ふと、川面に映る街灯の光を指差した。

「見て、あの光。揺れて見えるけど、実際には止まってるわけじゃないんだよ。水の流れの中で、ちゃんと進んでる。ただ形が変わるだけ」

「…比喩、上手くなったな」

「ふふ、ありがと。でも本当に、真也は止まってなんかないよ。ただ、周りとちょっと違うスピードだっただけで」

 真也はその言葉を、まるで喉の奥で転がすように何度も反芻した。止まってない――その一言が、心の奥の硬い石をひとつ、溶かしていったように思えた。

「俺、今まで“成功する形”にこだわりすぎてたんだと思う。こうやればうまくいく、こうでなきゃダメって、自分で決めつけてた」

「それって、悪いことじゃないよ。真也みたいな人がいるから、みんな安心して動けるんだから。ただ、もう少し肩の力を抜いてみてもいいんじゃない?」

「…肩の力の抜き方、教えてくれる?」

「もちろん。まずは、好きなことから話してみるってのはどう?」

「好きなこと? んー…蓮とこうして話すの、案外、嫌いじゃないかも」

 その一言に、蓮の目元がふわっと緩む。真也の中で、どこかで張っていた糸がぷつりと切れた気がした。そこに広がった空白には、不安ではなく安心があった。

「じゃあ私も。真也のそういうとこ、好きだよ。変にカッコつけなくなったとき、すごくいい表情する」

「今もその顔?」

「うん、今がいちばん好きかも」

 街の喧騒は相変わらず続いていたが、二人の世界には、淡い静けさが灯っていた。蓮がそっと寄り添うように肩を並べ、二人の影が川面に細長く伸びてゆく。

「季節って、ほんと勝手に変わるよな。俺の気持ちも、なんか変わってきた気がする」

「うん。恋の色も、季節みたいに変わっていくんだよ」

「じゃあ今の色は?」

「そうね…春の夜に浮かぶ、星の色。ちょっとぼんやりしてるけど、確かにそこにあるって分かる色」

 真也は、口元を引き結んだまま小さく頷いた。その星の色が、蓮の声に包まれて、心の中で優しく灯ったのを感じた。

 季節が変える恋の色。それは、蓮の言葉が真也の心に溶け込んでゆく瞬間だった。

 終


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