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第165章 星の海に漂う二人

 大阪府、大阪城公園の芝生広場。日が落ちてしばらく経った夜の空には、都会の明かりの向こうにかすかな星が浮かんでいた。蓮翔は芝生に寝転がり、手を後頭部に当てながら夜空をぼんやり見上げていた。彼は危機的状況でも冷静に対応し、自分を守りながらも周囲との調和を保ち、さらに自分の成長を大切にし次に活かすタイプだ。だが今日ばかりは、その“冷静”が仇となってしまった。

「結局、俺だけが何も言わなかった…」

 会議でメンバー同士が衝突し、場の空気が悪くなったとき、蓮翔は状況を俯瞰していた。しかし、そのまま何も言わずにいたのだ。誰もが感情的になっていた中で、彼なら和らげられたはずだったのに、冷静を装ったまま言葉を選び過ぎて、結局何も伝えられなかった自分がいた。

「…誰かのために動くって、あんなに難しかったっけな」

 静かに呟いたその言葉は、冷たい夜風にさらわれていった。そのとき、足音が一つ、ゆっくりと近づいてきた。

「蓮翔?」

 静かにかけられた声に、彼は上半身を起こす。そこに立っていたのは美音だった。信仰心が強く、周囲の人々に影響を与える存在であり、友達思いの彼女は、決して蓮翔を見放したりしない。そんな彼女が、手に小さな保温ボトルを握っていた。

「どうしてここに?」

「今日のこと、気にしてると思った。あの空気の中で蓮翔が何も言わなかったの、逆に気になったから」

 蓮翔は苦笑しながら目を逸らした。「冷静なつもりだったけど、あれは逃げてただけだったかもな」

「違うよ」と、美音は言い切る。「蓮翔は、誰よりも空気を読んでた。でも、読めすぎて動けなかっただけじゃない?」

 その言葉に、蓮翔は目を細めて星空を見上げる。空はどこまでも暗く、だからこそ星の光は遠くでも確かに見えた。

「俺、いつも“どう動けば間違いじゃないか”ばっか考えて、タイミング逃してばっかだ。結果論かもしれないけど、あのとき俺が何か言ってたら、少しは変わってたかもなって」

「後悔するくらいなら、今からでも言えばいいじゃん。蓮翔の言葉、私だって何度も救われたよ」

 蓮翔の胸が、不意に熱くなった。自分の言葉が誰かを救っていた。それは、美音にとっての真実であり、彼にとっての救いだった。

「…俺さ、美音に聞いてもらえると思うだけで、言えなかったことが少しずつ整理できる気がするよ」

「それでいいんだよ。全部その場で完璧に言葉にできる人なんて、いないんだから」

 蓮翔はポケットから折れ曲がった小さなメモを取り出す。それは今日の会議前に、自分が話そうとして準備していた言葉の断片だった。伝えたかったけど、伝えきれなかったものが、そこに残っていた。

「次は、ちゃんと自分の言葉で、目を見て言えるようになりたい。逃げないで、俺の成長のためにも」

「うん、きっとできる。だって、蓮翔はちゃんと“見よう”としてるから」

 美音がそう言ってそっと差し出したボトルは、ほんのりと温かく、彼の指先にぬくもりを運んできた。温かさが指先から胸の奥へと届いていく。夜の空気はまだ冷たいが、心の内には確かな熱が灯っていた。

「なあ、美音」

「ん?」

「俺さ…いつも“調和”って言葉ばかり大事にしてたけど、今日は“信頼”って言葉の重みをちゃんと知った気がする。君のおかげで」

「それ、すごく嬉しい。…でも、ちょっと照れるね」

 照れくさそうに笑った美音の横顔が、蓮翔にはやけに近く感じた。芝生の上に並んで座る二人の間にあった距離は、もうどこにもなかった。

「今夜は星、よく見えるな。まるで…海の中に浮かんでるみたいだ」

「星の海に、ね。じゃあ私たちも、その海に漂う小さな船みたいなもんか」

「その船、いつかちゃんと進んでくれるといいな。どこか希望の場所へ」

「大丈夫、蓮翔が舵を取ってくれるなら、私はずっと乗ってるよ」

 彼女の言葉は、夜空に瞬く星と同じくらい、静かに、でも強く胸に刻まれた。

 星の海に漂う二人。それは、互いに寄り添いながら、迷いと希望の狭間で光を探し続ける旅の始まりだった。

 終


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