第163章 休日に家族と一緒にドライブに出かけ、車の中で楽しく会話しながら過ごすひととき
京都府、南丹の山道を縫うように走る県道。窓の外には青々とした田畑が広がり、遠くに連なる山々の稜線が美しく重なっている。車の中、篤志はハンドルを握りながら、助手席でにこにこしている莉帆の横顔をちらりと見た。車内には穏やかな音量で流れるポップスと、どこか懐かしいような風の匂いが漂っていた。
「こうしてドライブするの、いつぶりかな」
思わず零れた篤志の声に、莉帆は笑いながら「たぶん、去年の紅葉のとき以来じゃない?」と返す。その声には、日常の忙しさに追われながらも、ようやく手に入れた自由の喜びがにじんでいた。篤志は仕事や学業の中で常に他者との関係を深める努力を怠らず、問題解決に向けて自ら動く姿勢を貫いている。しかしその裏で、知らず知らずのうちに自分自身の気持ちを後回しにしてきた自覚があった。
「なんか、空気が違うな。ここまで来ると、すごく…落ち着く」
「うん、分かる。街のざわざわが全部、後ろに置いてこられた感じ」
莉帆の言葉は、言葉以上に気持ちを伝えてくる。彼女は他者との違いを尊重し、理解を深めることに長けており、何気ない会話の中でも相手の本心にそっと触れる優しさがある。篤志にとって、それは心のセンサーのようで、日々の中で気づけなかった自分の声を拾い上げてくれる存在だった。
「なあ、俺って…ちゃんとみんなの役に立ててるのかな」
ハンドルを握ったまま、篤志はぽつりと呟く。その問いには、誰に評価されたいというより、自分の選んできた道が正しかったのかを確かめたい気持ちが込められていた。
莉帆は窓の外に目をやったまま、少し間を置いてから答えた。「私には分かるよ。篤志が誰よりも一生懸命に、みんなのこと考えてるってこと。だからきっと、ちゃんと届いてる。たとえ今、誰かがそれに気づいてなかったとしても」
その言葉に、篤志は静かに息を吐いた。張り詰めていた胸の奥の何かが、ふっと緩んだようだった。いつも周囲の調和を考え、誰かの役に立ちたいと思って行動してきた。でも、その「誰かのため」が、自分自身の重荷になっていたことに、ようやく気づいた。
「ありがとう、莉帆。…多分、俺、ちょっと頑張りすぎてたのかもしれない」
「うん、頑張ってたよ。ちゃんと見てたもん」
莉帆の声は軽やかで、でも深い。彼女自身、常に他者に誠実であろうとしている。だからこそ、篤志の迷いや疲れにも気づいてしまう。そして、ただ「大丈夫だよ」と言うのではなく、「見てたよ」と言ってくれるその姿勢が、篤志にはたまらなくあたたかく感じられた。
「たまにはこうして、何も考えずに走るのもいいな」
「うん。空とか、木とか、流れる景色を見てるだけで、心が軽くなる気がする」
助手席の窓から差し込む日差しが莉帆の頬を照らし、髪の先がやわらかく揺れていた。篤志は視線を前に戻しながら、その横顔を記憶に焼き付ける。誰かのために動いてきた日々も、こうして誰かと過ごす時間も、どちらもきっと、自分にとっての“本当の自分”を作っている。
「これからも…何かあったら、こうしてドライブ付き合ってくれる?」
「もちろん。私はいつでも、篤志の隣にいるから」
その言葉に、ハンドルを握る手に自然と力が入った。背中を押されたような、守られたような、言葉にできない確かな何かが、心の奥で静かに鳴っていた。
休日に家族と一緒にドライブに出かけ、車の中で楽しく会話しながら過ごすひととき。それは、篤志が忘れかけていた“自分の心の声”に再び出会う奇跡だった。
終