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第160章 雨に濡れた街の奇跡

 津市、津観音の境内。ぽつりぽつりと降り出した雨が石畳を濡らし、寺の鐘楼から響く鐘の音が静かに夜空に溶け込んでいる。遥大は傘をささずに石段に腰掛け、雨に濡れながらぼんやりと空を見上げていた。物事を前向きに捉え、少人数での交流を好むが、今日はどうしても気持ちが晴れなかった。

「また、みんなの気持ちを無視してたのかもしれない…」

 先日の企画会議で、アイデアをまとめようとしたが、自分の前向きな意見が空回りし、少人数の意見を優先しすぎて、結果として多数の意見を無視してしまった。自分では全員が納得できるようにと思ったのだが、少し視野が狭かったのかもしれない。

「遥大?」

 声をかけたのは真美だった。彼女は「かまちょ」な性格で、トラブルに立ち向かう勇気を持っており、物事を前向きに捉える姿勢を崩さない。その無邪気な明るさが、遥大には少しだけ眩しく映る。

「どうしてここに?」

「さっき、みんなで話してたの。遥大が元気ないって聞いたから、ここかなって思って」

 遥大は少し笑って、「やっぱりバレてたか」と苦笑した。真美は隣に腰掛け、雨が染み込む石畳を見つめた。

「プロジェクトのこと、まだ気にしてるんでしょ?」

「ああ…俺、少人数の意見を優先しすぎて、結局みんなの意見がまとまらなかったんだ。前向きに進めたいって思ってたけど、周りが見えてなかった」

 真美は軽く頷き、「遥大って、前向きで頑張り屋さんだから、つい一歩先に行っちゃうのかもね」と言った。その言葉に、遥大は少し戸惑った。

「でも、意見を出さないと前に進まないし、少人数の意見でもいいものがあれば取り入れるべきだろ?」

「うん、そうだね。でもね、みんなが納得できないと、結局進めても後でトラブルになっちゃうから、少しずつ歩幅を合わせるのも大事かもね」

 遥大はその言葉にハッとして、少し考え込んだ。確かに、自分の意見が正しいと思い込むあまり、他の意見をしっかり聞かずに進めてしまったことが問題だったのかもしれない。

「俺、自分が正しいと思ったら、そのまま進めちゃってたな…少し余裕がなかったのかも」

「そうかも。でもね、遥大が真剣に考えてるのはみんな分かってるよ。ただ、少しずつ意見を取り入れながら進めたら、もっとみんなが協力しやすくなると思う」

 遥大は息をつき、雨の音を聞きながら反省した。自分が前向きに進むことばかり考えて、周りの歩幅を無視していたことに気づいた。

「次は、もっとみんなと話し合って進めるよ。少人数の意見も大事だけど、多数の意見を無視しないようにさ」

「それがいいと思う。遥大がリーダーとしてみんなを引っ張ってくれるのは心強いけど、たまには立ち止まって周りを見渡すのも大事だよね」

 遥大は深呼吸し、冷たい雨の空気を吸い込んだ。心の中のわだかまりが少しずつ解けていくような気がした。

「ありがとう、真美。君が言ってくれなかったら、きっとまた同じことを繰り返してたかもしれない」

「どういたしまして。私も、遥大が笑顔でいてくれると安心するから」

 その言葉に、遥大は少し照れくさそうに、「頼りにしてる」と答えた。真美はその言葉に笑って、「私もね」と静かに呟いた。

「また、ここに来ような。次は、うまくいった話をしに来るよ」

「うん、その時は一緒に甘いもの食べようね。気持ちがほぐれるから」

 ふと、真美が遥大の手をそっと握った。

「真美…?」

「なんかね、遥大が落ち込んでると私も心配になっちゃうから。もっと自分を信じて、笑顔でいてほしいな」

 その言葉に、遥大は少しだけ胸が温かくなり、ぎゅっと手を握り返した。

「ありがとう。君に話して良かったよ」

「これからも、一緒に頑張ろうね。私も、遥大が元気だと頑張れるから」

 雨が少し弱まり、境内に残る水たまりが夕日に反射して輝いている。雨上がりの空に一筋の虹がかかり、その美しさに二人はしばらく見入っていた。

「真美って、どうしてそんなに前向きなんだ?」

「私も落ち込むことはあるけど、せっかくなら笑って過ごしたほうが楽しいからさ。辛いことがあっても、きっと乗り越えられるって思うんだ」

 遥大はその考え方に感心しながら、「俺も、もっとそうやって考えられるようになりたい」と呟いた。

「大丈夫。遥大にはその明るさがあると思うよ。少しずつでいいから、自信を持ってね」

 遥大はその言葉に頷き、もう一度深呼吸をした。真美の優しさが、冷えた心をそっと温めてくれた。

 雨に濡れた街の奇跡。それは、真美がくれた心の光だった。

 終


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