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第159章 言葉に乗せた感情

 四日市市、四日市港の遊歩道。夕焼けが海面を赤く染め、穏やかな波が静かに打ち寄せている。颯誠はベンチに腰掛け、無表情で海を見つめていた。普段から感情が顔に出にくく、素早い判断ができるが、他者との調和を意識しすぎて自分の感情を抑えがちな性格が、今日は少しだけ重たく感じている。

「俺って、ちゃんと伝えられてないのかな…」

 先日のミーティングで、自分の意見を述べたつもりだったが、結局誰にも響かなかった。他のメンバーが次々に意見を出し合う中、自分だけが取り残されているような気がして、苛立ちがこみ上げた。しかし、その苛立ちさえも顔に出すことができず、心の中でモヤモヤを抱え込んでしまったのだ。

「颯誠?」

 声をかけたのは柚花だった。彼女は流されやすく感情が表に出やすいが、他人に優しい言葉をかけるのが得意で、誰に対しても心を開ける明るさを持っている。颯誠にとって、その素直さが時に羨ましくもあり、少し眩しい存在だった。

「どうしてここに?」

「さっき、みんなで話してたの。颯誠が元気ないって聞いたから、ここかなって思って」

 颯誠は少し笑って、「やっぱりバレてたか」と苦笑した。柚花は隣に腰掛け、赤く染まる海を見ながらため息をついた。

「プロジェクトのこと、まだ気にしてるんでしょ?」

「ああ…俺、自分の考えを言ったつもりだったんだけど、結局誰にも伝わらなかったみたいでさ。どうすればうまく伝えられるのか分からなくて…」

 柚花は軽く頷き、「颯誠って、感情をあまり表に出さないから、みんながどう受け取っていいか分からないのかもね」と言った。その言葉に、颯誠は少し戸惑った。

「でも、ちゃんと言葉にしているつもりなんだけどな…」

「うん、言葉にしているのは分かるよ。でも、その言葉に感情が乗ってないと、みんながどう受け取るか分からないんじゃないかな」

 颯誠はその言葉にハッとして、少し考え込んだ。確かに、自分では冷静に意見を伝えているつもりだが、その冷静さがかえって無機質に聞こえていたのかもしれない。

「俺、感情が顔に出ないから、相手にどう伝わっているか分からなくてさ。無表情で話すと、やっぱり冷たく感じるのかな…」

「そうかも。でも、颯誠が真剣に考えてることは分かってるよ。ただ、少しでも気持ちを添えるだけで、もっと伝わりやすくなると思う」

 颯誠は息をつき、冷たい風を感じながら反省した。自分の感情を表に出すことを恐れ、冷静さばかりを優先していたのかもしれない。

「次は、もう少し感情を乗せて話してみるよ。怖がらずに、自分の気持ちをちゃんと言葉にしてさ」

「それがいいと思う。颯誠の意見はみんな頼りにしてるんだから、自信を持って伝えたらきっと大丈夫だよ」

 颯誠は深呼吸し、冷たい空気を吸い込んだ。心の中のわだかまりが少しずつ解けていくような気がした。

「ありがとう、柚花。君が話してくれなかったら、きっとまた同じことを繰り返してたかもしれない」

「どういたしまして。私も、颯誠が笑顔でいてくれると安心するから」

 その言葉に、颯誠は少し照れくさそうに、「頼りにしてる」と答えた。柚花はその言葉に笑って、「私もね」と静かに呟いた。

「また、ここに来ような。次は、うまくいった話をしに来るよ」

「うん、その時は一緒に海辺でお弁当食べようね。海風が気持ちいいし、リフレッシュできると思う」

 ふと、柚花が颯誠の手をそっと握った。

「柚花…?」

「なんかね、颯誠が悩んでると私も気になっちゃうんだ。だから、もっと自分を信じてほしいな」

 その言葉に、颯誠は少しだけ胸が温かくなり、ぎゅっと手を握り返した。

「ありがとう。君に話して良かったよ」

「これからも、一緒に頑張ろうね。私も、颯誠が元気だと頑張れるから」

 夕焼けが海面を黄金色に染め、波の音が心地よく響いている。冷たい風が二人の髪をそっと揺らし、夕暮れの光が二人を包み込んでいた。

「柚花って、どうしてそんなに感情を素直に出せるんだ?」

「私も昔は恥ずかしかったけど、思っていることを伝えないと後悔することが多くてさ。それから、少しずつ自分の気持ちを言葉にするようにしてるんだ」

 颯誠はその考え方に感心しながら、「俺も、もっとそうやって伝えられるようになりたい」と呟いた。

「大丈夫。颯誠にはその素直さがあると思うよ。少しずつでいいから、気持ちを言葉にしてね」

 颯誠はその言葉に頷き、もう一度深呼吸をした。柚花の優しさが、冷えた心をそっと温めてくれた。

 言葉に乗せた感情。それは、柚花がくれた勇気の欠片だった。

 終


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