第154章 夜風が運ぶ愛の予感
春日井市、春日井温泉の露天風呂。夜風が冷たく、湯気が白く立ち上っている。りくとは湯船の縁に寄りかかり、星空をぼんやりと眺めていた。継続力があり、迅速に適応できるが、様々な視点を持つことで逆に迷いが生じてしまう自分が、今日は少し嫌になっている。
「俺、何が正解だったんだろう…」
先日、プロジェクトの進め方で意見が分かれ、りくとは他のメンバーの意見に流されてしまった。状況を見極める力があるはずなのに、結局どの選択肢が正しかったのか分からず、チームをまとめきれなかった自分を責めている。
「りくと?」
声をかけたのは美和子だった。彼女は問題解決が得意で、状況に流されがちな自分をしっかり支えてくれる存在だ。りくとにとって、その冷静さが心強くもあり、少しだけ眩しくもある。
「どうしてここに?」
「さっき、会社でりくとが元気ないって聞いたから、ここかなって思って」
りくとは少し笑って、「やっぱりバレてたか」と苦笑した。美和子は湯船に浸かりながら、夜空を見上げた。
「プロジェクトのこと、まだ気にしてるんでしょ?」
「ああ…俺、意見がまとまらないときに、どうしても周りに流されてしまってさ。リーダーとして、もっとしっかりすべきだったのに」
美和子は少し考え、「りくとって、柔軟だからこそ流されやすいのかもね」と言った。その言葉に、りくとは少し戸惑った。
「柔軟…っていうか、優柔不断だったんだよな。みんなの意見を聞いてたら、どれも正しく思えてさ」
「それはりくとのいいところでもあるけどね。でも、どこかで自分の意見をしっかり持たないと、結局誰も納得できないまま進んじゃうことになるよ」
りくとはその言葉にハッとして、考え込んだ。確かに、全ての意見を尊重しようとするあまり、自分の考えが曖昧になっていたのかもしれない。
「俺、自分の意見を言うのが怖かったんだ。もし間違ってたらどうしようって…」
「うん、その気持ちも分かる。でも、リーダーって自分で決める責任もあるから、時には強く言うことも大事なんじゃないかな」
りくとは深く息をつき、冷たい夜風を吸い込んだ。心の中の不安が少しずつ溶けていくような気がした。
「次は、もう少し自分の意見を持つようにするよ。流されるんじゃなくて、ちゃんと自分で判断してさ」
「それがいいと思う。りくとは頑張りすぎて迷ってしまうけど、その優しさをもっと自信に変えたら、きっと上手くいくよ」
りくとは少し笑って、「ありがとう、美和子。君がいてくれて、本当に助かったよ」と呟いた。
「どういたしまして。りくとのそういう素直なところ、私は好きだよ」
その言葉に、りくとは少し赤くなり、「俺、もっと頑張るよ」と照れくさそうに言った。美和子はその反応に微笑んで、「その意気だね」と励ました。
「また、ここに来ような。次は、上手くいった話をしに来るよ」
「うん、その時はお湯に浸かりながら、ゆっくり話そうね」
ふと、美和子がりくとの手をそっと握った。
「美和子…?」
「りくとが悩んでると、私も気になっちゃうからさ。もっと頼ってもいいんだよ」
その言葉に、りくとは少しだけ胸が温かくなり、ぎゅっと手を握り返した。
「ありがとう。君に相談して良かったよ」
「これからも、困ったときは一緒に考えようね」
露天風呂の湯気が二人を包み込み、星空がキラキラと輝いている。冷たい風が吹き抜けるが、その中でも確かな温もりを感じられる。
「美和子って、どうしてそんなに冷静なんだ?」
「私も悩むことはあるけど、焦っても仕方ないって思うと、自然と落ち着けるんだよね。まずは状況を見つめることが大事かなって」
りくとはその考え方に感心しながら、「俺も、もっと冷静に考えられるようになりたいな」と呟いた。
「大丈夫。りくとなら絶対できるよ。焦らず、一歩ずつでいいから」
りくとはその言葉に頷き、もう一度深呼吸をした。美和子の優しさが、自分を支えてくれていることに改めて気づき、心が温まった。
夜風が運ぶ愛の予感。それは、美和子がくれた希望の灯火だった。
終